おたがいさま!筆箱を壊されてしまった娘との会話から学んだこと
娘が、自分のお年玉で買って大事にしていた筆箱を、お友達に壊されてしまいました。
自分で買った筆箱だったので、汚れたら拭く、机から落ちないように守るというほど大切に使っていたのですが、まだ買ってから一ヶ月も経っていないある日、お友達に消しゴムを入れる小さな場所の蓋を無理に開けられて、バキっと折れて取れてしまったのです。
今日は一日泣きたかった
それは一瞬のことだったので止められなかったのだとか。そしてその日は「朝礼も、授業中もずっと泣きたかった」と帰宅してから泣きました。
しかしそのお友達は意地悪で壊したのではなく、折れてしまった瞬間にあわてて「ごめんね、ごめんね、ごめんね! 本当にごめんね!」と一所懸命テープで直そうとしてくれたのでした。その姿を見て、娘は「いいよ」と言うしかなかったそうです。
どうしたらよかった?
私「学校で泣いてもよかったんだよ。怒ってもよかったんだよ」
子「うん、△□ちゃんならそうしたかもしれない。だけど、◯◯ちゃんは意地悪でやったんじゃなくて、びっくりしてずっとあやまっていたから、怒れないよ」
私「そうだね。もしあなたが逆の立場だったら、お友達も、……いいよって言ってくれたかもしれないしね。そう思って、あきらめるしかないよね」
子「でも…お年玉で買った大事にしてた筆箱なのに……悲しさはなくならない」
私「じゃあ、悲しかったっていう気持ち、せめて昨日言えなかったひとことを、明日言ってみたら?」
子「言えない」
私「そうだよね、ママでも言えないかもしれないな。それに一カ所壊れたくらいで、小さなポケット分100円ください、なんておかしいし、意味ないでしょ」
子「でも、悲しさが消えない……」
私「……誰も悪くないけど、悲しいっていうこと、あるよね」
子「そんなときはどうすればいいの?」
私「悲しい気持ちが消えるまで待つ……」
子「待つってどうやって?」
私「じっと、耐えるしかないな」
子「それでも消えない悲しさはどうしたらいいの?」
私「時間が消してくれることもあるよ」
子「時間てどのくらい?」
私「一週間とか二週間とか……もっとかもしれないけど、その間に、それを少し消してくれるようないいことも起こるかもしれないし」
子「いいことが起きなかったら?」
私「起きるよきっと。良いことと悪いことは繰り返してくるから」
こんなことの連続
これがもしランドセルや制服の破損となると弁償云々の話になる場合もあるのでしょうが、使おうと思えば使える状態の文房具ですから。私としても「そんなこともあるよ。残念だけどあきらめよう」と言って終わりました。ただ「心に傷がついた」とまで言っていた娘(笑)。「新品同様に大切にしていた筆箱がキズモノになったから悲しい。もう以前のように大切にできないかもしれない。できれば買い替えたい!」という気持ちを、いかにガマンしてリカバリーするかが大事だなあ、と思いました。この先、そんなことの連続ですものね。
おたがいさま
一日経って、娘の悲しい気持ちは、思ったより早く薄らいできたようでした。「もしかしたら自分が逆の立場だったかもしれない」という想像力が芽生えたかもしれません。「おたがいさま」とおさめることに親子で慣れていきたいと思います。
以前幼稚園で、ある男の子がお友達と遊んでいて、前歯が折れるという大きな怪我がありました。その男の子のママが「おたがいさまだし、もしかしたら逆の立場だったかもしれないから」と、相手の親に何も求めなかった姿には感動しました。そこまでの怪我なら私なら何か言ってしまったかもしれません。「おたがいさま」の範囲をできるかぎり広く持つことは自分の生きやすさにもつながるし、許しあう気持ちを身につけていくことは、長い将来の中で、子どものためにもなるのではないでしょうか。
文・yuki イラスト・おぐまみ