【第7話:夫SIDE】ある日突然、夫が失踪しました 〜「北村るみとの出会い」編〜
【第6話:妻SIDE】からのつづき
妻のゆきとは中学の同級生だった。美人でクラスでもテキパキしたリーダータイプだった彼女と再会したのは成人式のときだ。
とんとん拍子に結婚まで進み、3人の子どもにも恵まれた。3人目の子どもが生まれたとき、俺は27歳だった。妻は専業主婦になり、毎日家事に育児に頑張ってくれている。すべてうまくいっている――そう思っていたはずだった。
仕事が終わって帰路につくが、俺はいつも玄関のドアの前で立ちすくんでしまう。仕事がうまくいかなくなってから、玄関のドアを開けるのがしんどくなってしまった。帰宅すればニコニコ笑顔の妻が出迎えてくれる。元気な子どもたちもいる。部屋はキレイだし、食事も完璧だ。きっと俺の好物ばかりならんでいるだろう。
……でもそんな食事がいつしか「がんばれ」という無言の圧力に思えてしまう……。妻がつくり上げた完璧な家に帰宅すると、家族からの「期待」に応えられない自分がダメに思えて、息苦しく感じてしまうのだ。
ちょっと頭を冷やしてから帰ろう……。仕事が辛いなんて……仕事を辞めたいなんて、妻には言えない。ただでさえ3人育児で大変なのに、いつも笑顔で頑張っている妻の前で、俺は「弱っている自分」をさらけ出せずにいた。
「アイツ……中学のときから完璧だったからな……」
いつの日か公園で、缶コーヒーを飲みながらボーっとするのが最近の日課になった。少し寒いけど、頭を冷やすのにちょうどいい。深呼吸して、気持ちを整えてから帰宅する。それだけでも少し気持ちが切り替えられた。
このときはまだ、それだけで大丈夫だった……。
――3月14日の朝。家を出ようとすると、妻が追いかけてきて「あなた、ハイ、これ。ホワイトデーのお返し、買っておいてから渡しておいてね」と言って包装されたお菓子を渡してきた。
そして会社でそれを順々に配りながら「北村るみ」のデスクにやってきた。
サトル:「北村さん。これ、ホワイトデーなんですけど……」
北村るみ:「えー! ありがとう! しかもこれ、有名なスイーツじゃん」
サトル:「妻が選んでくれたから、俺はあまり詳しくなくて……」
るみ:「これ好きなんだよねー。でも義理チョコでこんないいお返しもらうの悪いな~。あ! 今夜空いてる? よかったら夕飯一緒にどう? たいしたものじゃないんだけど、奢るわよ!」
サトル:「はぁ……」
威勢よく背中を叩かれ、はじめて北村るみと夕食を食べることになった。
脚本・渡辺多絵 作画・加藤みちか