懐かしい昭和の日常。どれだけ覚えてる?
公園や学校に子どもを迎えにいったとき、ふと思い出す子どもの頃の記憶。「ゴム飛びや缶蹴りをして遊んだな」「学校の門のそばでひよこを売っていたな」と思い出して、懐かしい記憶にひたってみたり。みなさんの昭和の記憶には、どんなものがありますか?
レトロな家電製品
部屋の中を見渡すと、電話も冷蔵庫も鍋も、使っているものは同じなのに昭和の頃とはずいぶん変わったようです。
『花柄ばっか。コップ、調理器具の持つとこ、鍋、ポット、炊飯器』
『遠足時のアルミ弁当箱とバンビの水筒』
『扇風機の羽が青い』
『扇風機の安全カバーにビニール紐をつけてそよがせる』
扇風機カバーがないから、箸など長いものを突っ込んでわざと羽にあてて折ってみたり。
『「録るからね」って言っても録音されてしまう家族の声……』
テープレコーダーをテレビのそばにおいて直接テレビの音を録音していました(笑)
『二層式の洗濯機』
『電話はダイヤル式。部屋ではなく廊下や玄関に置いてた』
ドアノブ、電話、テレビと、なにかと手作りの布カバーがつけられた時代でした。
『テレビのチャンネルはまわすもの。チャンネル変えるのにいちいちテレビの所にいくのが面倒くさかった。リモコンの登場は衝撃だった』
『映りが悪くなったテレビは、叩けば大体なおる』
「テレビは叩けばなおる」。これをやった記憶がある人は多そうですね。
今では懐かしい食卓の一場面
家族全員が揃って食事をすることが多かった昭和の食卓。ふとした瞬間に「そういえば、お父さんの料理だけ一品多かったな」なんてことを思い出す人もいるかもしれませんね。
『食卓に虫が入らないように? 薄いレースの被せる傘みたいやつがあった』
『お母さん方はエプロンつけたままスーパーで買い物』
リアルサザエさん!?
『ハエ取り紙がぶら下がっている食卓でご飯を食べるのが当たり前の日々』
最近、コバエを見かける回数が激減しました。
『ココア、カルピスが特別な日のお飲み物』
『木製の茶菓子入れにはいつも年寄り向けの菓子が入ってた』
だいたいおせんべいかハッカの飴でした。
「ペナント」「木彫りのクマ」お土産ブーム
専業主婦が多い時代だったからか、毛糸で編んだ服を着せられた人形がおいてありました。ほかにも旅行先で買った飾り物がいっぱい!
『石鹸を土台にしてレース等で白鳥になってる置物』
「石鹸を部屋においておくといい香りがする」というところからブームが始まったような気がします。
『うちにもいつの間にか鮭くわえた熊とキジのはく製がいたよ』
はくせいに木彫りに、リアルな動物の置物が人気でした。
『旅行先で買うペナント(細長い三角形の小旗)をどっかの部屋にたくさん貼っとく』
土壁だったため、画鋲で貼ったりしていた人もいたのでは?
『ウィスキーのボトルとフェルトで作ってる人形の置物』
『おばあちゃんはキューピーちゃんにドレス着せてたよ』
ありとあらゆるものの洋服を編んでいた気がします。
『5円玉のお城。煙草の紙で傘。婆ちゃん作』
忘れられない家族との思い出
懐かしい家族の思い出とともに、当時の会話が聞こえてくるようです。
『お盆の仏壇の供え物は小さいブドウだった。親に内緒で取って食べて半分くらい枝が見え見えでバレて怒られた』
『母親が石油ストーブの上で焼きミカン作ってたな。私は焼きミカンが苦手だから食べなかったけど、石油ストーブと焼きミカンの匂いは覚えてる』
『クーラーのない部屋で網戸で、ナイターついててビールと枝豆のお父さん』
『プロレスがある日は近所の人が庭にテレビを見に来てた』
庭にテレビを置いてみる、というところがポイントです!
『庭で燃えるゴミを燃やす』
ついでに、焼き芋を作ってみたり。
『子ども会のドッジボール』
『家に薬屋が来て 薬箱チェックして、シールを毎月くれてた』
『高速道路を車で走っているとき、スピードを出しすぎるとキンコンキンコン音が鳴る』
車で家族旅行にでかけた記憶がよみがえります。
『洗面所には父親のポマード。ちょー臭かった』
臭いから思い出す父親の姿、懐かしい思い出の一コマです。
『そういえば、宅配便も平気で隣近所に預けて行った。よくトラブルにならなかったよね』
近所付き合いも大らかだった昭和の時代。子どもたちもあっちこっちの家に勝手に遊びに行ったり、母親たちはお醤油やみそを借りにいったりしていたことを思い出しました。
あなたも記憶に残る懐かしい昭和の思い出、ありますか?
文・長瀬由利子 編集・山内ウェンディ
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