努力しても成績が伸びないワケは?お父さんのためにとがんばりすぎてしまった女の子
「勉強ができるいい子に育ってほしい」。親だったらそう思うのは当然かもしれません。しかし、その思いが強すぎると子どもにとっては負担になり、伸びるどころか成績が停滞、または下がってしまうことにつながります。今も記憶に残るお父さんと娘さんのエピソードについて、花まる学習会の進学塾部門、 スクールFC 代表の松島伸浩先生にお話を伺いました。
一見、仲のいい親子だけど……
私が塾の業界に入って5、6年たったころの話です。小学校5年生の女の子が、他の塾から移ってきました。女の子のお父さんは、比較的時間に融通がきく大学の先生でしたので、お風呂に入れたり、幼稚園の送り迎えをしたり、小さいころからずっと面倒を見てきたそうです。
小学2年生くらいのときに、両親で話し合い、子どもを中学受験させることに決めたのですが、そこからが大変。あるとき塾で公開模試があり、その成績が思ったよりも悪かったのです。それまで穏やかだったお父さんが豹変してしまったのです。
子どもには「常にいい成績」であり続けてほしい
お父さんは、自分の仕事を整理して、子どものために時間を割いてずっと勉強を教えていたそうです。「なんでこれができないんだ! 前に説明しただろう!」ということを、お父さんが娘にいうわけです。昔はそんなことを言う人じゃなかったから、お母さんもびっくりして、口が出せない。あげくの果てには、「塾の教え方が悪いからダメだ」ということで、その塾をやめて、私のところに転塾してきたという経緯です。
「間違えるのが怖い」から回答が書けない
女の子の第一印象は覇気がないというか、どこかとても小さく見えました。授業中も「これをやりなさい」といわれたプリントはやるし、宿題もちゃんとやってくる。範囲の決まった計算テストや漢字テストの点数も悪くはありません。しかし、授業中も授業後も自分から発言するということはまったくしない子でした。
家ではつきっきりで教えてくれるお父さんのいうとおりにがんばっていたのですが、ただ聞いているだけで自分の頭で考えていないから、結局は同じような問題も間違えてしまう。そうすると怒られる。そういうことがくり返されていくなかで、テストではわからない問題は手をつけない。自信のない答えは白紙のまま出してくるようになってしまったのです。
「間違うのが怖い」「ミスしてはいけない」という気持ちがあったのだと思います。
伸びない原因は子ども自身よりも親にあり
「このままだと、この子は伸びないまま受験を迎えてしまう」と思い、一度、お父さんときちんと話をする必要があると、塾に来てもらうことにしました。面談が始まって「今、娘さんの状況は非常に良くないと思っていますが、お父さんはどう考えていますか?」と聞いたんです。お父さんは黙っていました。私はもしかしたら塾のせいにするようなことをいってくるかもしれない」と思っていたのですが、しばらくするとうつむいたまま「私のせいなんです」というのです。意外な答えに、身構えていた私も「ええ!?」と思って、気が抜けちゃいました(笑)。
「全部、私のせいなんです。娘のためによかれと思ってやってきたんですが、やればやるほど空回り。子どももやる気になってくれない。今、本当に今はどうしたらいいかわからないんです」と。
「親の期待に応えなきゃ」が妨げになることも
実は、その女の子は前のテストのときにカンニングをしていたんです。それもお父さんにその場で正直に伝えました。そしたらお父さんは泣き崩れる感じで「本当に申し訳ありません」といったんです。お父さん自身もいろいろ抱えている中で、自問自答して苦しんできたんだなと思って、「じゃあ、一度家族みんなで話しましょう」ということを提案しました。
後日、子どもとお母さんとお父さん、私を含めた4人で話し合いの場をもちました。「お父さんはしばらく勉強をみない」ということを約束してもらったのです。ところが、その話を聞いていた子どもが、ポツリと「お父さんに教えてほしい」というのです。小さいころからずっとかわいがって育ててくれたお父さん。だからお父さんの気持ちに応えようとがんばってきたのですが、うまくいかない。どうしたらいいのかわからなくて、子どもながらに心を痛めていたのです。わが子への愛情はちゃんと伝わっていたのですね。
もし、あのままだったら家族がバラバラに……
「じゃあ、これからは30分なら30分と時間を決めてやる。今まで通りのやり方じゃだめですよ。お父さんがただ解いて教えるのではなく、子ども自身が考えて解くような声かけをしてあげてください」といい、私がそのコツをお父さんにレクチャーしました。そこから少しずつその子の雰囲気は変わっていき、明るく前向きになってきました。わずか1年ほどの間でしたが、成績もずいぶん変わりました。あのままいっていたら、お母さんも愛想をつかし、お受験離婚になりかねなかったところです。タイミング的にはギリギリの状態だったと思います。
愛情の注ぎ方もいろいろあると思います。そして子どもは親からの愛情を決して裏切りません。しかし、思いが強すぎて子どもを縛りつけてしまってはいないか、ときどき振り返ることも大切です。
取材、文・長瀬由利子 編集・山内ウェンディ イラスト・イチエ