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母親が育児に絶望することのない世の中を。児童虐待から私が考えさせられたこと

実事件をもとに描かれた映画『子宮に沈める』を見て。

画像:PIXTAより

我が子がまだ小さかった頃、連日の夜泣きやイヤイヤ期の奇声に、こんな衝動に襲われることがありました。「子育てなんて、やめてしまいたい」「子どもを引っぱたいてしまいたい」児童虐待のニュースを耳にすると、私は胸を痛めると同時にビクリとしました。子どもを虐待する鬼母として次にテレビ画面に映るのは、この自分の顔だったらどうしようかと。

今やわが家の息子は8歳と5歳。あの頃のような切羽詰まった苦しみに包まれる時代もどうにか切り抜け、心の底から安堵する自分がいます。そんな私にはずっと、子育てに悩んだひとりの母として、また、さまざまな虐待事件が起こる現代社会の一員として、観ておきたいと思っていた1本の映画があります。

大阪2児放置死事件をもとに描かれた映画『子宮に沈める』

2010年に3歳と1歳の子どもが飢餓で命を落とした大阪2児放置死事件をもとに、フィクションとして描かれた『子宮に沈める』という映画です。私は、痛ましい虐待事件が起こるたび、他人事とは思えないと感じながらも「自分は違うのだ」と信じたくて、その問題から目をそらしてきたような気がします。今やっと、この映画に目を向けることができました。物語のあらすじを簡単にご紹介したいと思います。

『子宮に沈める』あらすじ

手をかけた料理を用意し、家の中をきれいに整え、幼い娘の幸(さち)と息子の蒼空(そら)を丁寧に育てる由希子。しかし、夫は家庭に寄りつかず、由希子は不安を募らせていた。そして、ついに夫から一方的に別れを告げられる日が来る。シングルマザーとなった由希子。子どもを養うため、医療資格受験の勉強をしながらパートに出るが、経済的な苦しさもあり、夜の仕事に足を踏み入れる。家事はおろそかに、育児はおざなりに、深夜の帰宅が増え男を連れ込むようにもなる。夏のある日、二度と帰らないつもりで、交際中の男性のもとにひとり家を出る。この日を境に飢えに追い詰められていく子どもたち……。

ママたちが『子宮に沈める』を観て抱いた思いとは?

母親の孤独を大きな背景として、育児放棄(ネグレクト)を描き、観る人の胸をえぐるような結末で幕を閉じる本作。子どもに適切な食事を与えないなどの「ネグレクト」は児童虐待のひとつ。子育てをめぐる大きな問題を扱っていることで、ママスタBBSのママたちも関心を寄せ、映画を通してそれぞれが感じたことを綴っています。

『はっきり言って胸くそ悪い映画だった。でも実際の事件をもとにしていると思うと、悲しいと言うか、何とも言えない気持ちになった』

『事件の母親を正当化している感じで嫌悪感が湧いた。「頼る人がいなかった」、「由希子も寂しかった」、そんな言い訳は聞きたくない。本当に切羽詰まったら、私なら児童相談所なりに置き去りにする』

『この映画は由希子の生い立ちなどには触れていないけど、実際の事件の母親ついて、学生時代に暴行を受けたことがある、自分の父親が2度離婚している、という新聞記事を見たことがある。性格が歪むような生育環境だったという気がする。事件の母親のことを本気で心配してくれる人がいたら良かったのにね』

『由希子は、人との関わり方をきちんと学ぶ機会が少なかったんじゃないかな? だから自分を大切にしてくれない旦那にうまく気持ちを言えないし、言い寄ってくる男の下心を分かっているだろうに断れない。だって、一時的でも人に構ってもらえることが嬉しいから。「愛されるとは、どういうことか?」、「大変なときにはどうすべきか?」を学んできていたら、「助けて」と言えたんじゃないかな。映画の中の女の子(幸)が、この母親そのもの、という気がする。母親が荒れてきて、1人で何でもやって、甘えたいときに甘えられない。飢えていった子どもは本当に可哀そうで、母親がしたことは許されない。だけど、私は、心は子どものまま体だけ大人になってしまった母親のことにも、思いを巡らせることができたらと思う』

児童虐待とは、身体的虐待・性的虐待・ネグレクト・心理的虐待の総称。
参考:厚生労働省「子ども虐待対応の手引き|第1章子ども虐待の援助に関する基本事項」

ひとりの母として思うこと

ママスタBBSでも複数のママがコメントしているように、私自身もニュースで虐待事件を知ると、子どもの苦しみを想像して「誰かに助けを求めていれば」と親に対して非難めいた気持ちを抱くことがありました。でも、由希子は周囲に助けを求めることをしませんでした。なぜしなかったのか?

映画が進むにつれて、私は「なぜ、助けを求めなかったのか?」ではなく、「なぜ、助けを”求められなかった”のか?」について深く考えるようになりました。呼吸がうまくできなくなるような映画の内容に心の整理がつかないながらも、私の胸や頭には、さまざまな思いや考えが浮かびました。

「母親をやめたい」という気持ち

子どもを産んだ母親なら、誰もが一度は抱える気持ちではないでしょうか? しかし、家族の手を借りたりすることで、どうにか育児の困難をやり過ごすことができるのが多くの場合ではないかと想像します。一方で、子育てを投げ出したい気持ちに拍車がかかり、常軌を逸したところまで転げ落ちてしまうのが、『子宮に沈める』の場合かもしれません。

私は、主人公が「転げ落ちてしまった」理由を考えざるを得ませんでした。虐待事件の報道が出るとあらわれる、親を叩くSNS等のコメントのように、単に「子どもを救えない母親は、”無知”で”だめ”な人間だからだろうか?」とか、「その”無知”や”だめ”の2文字で、片付けていい問題なのだろうか?」とか……。

この社会の落とし穴はどこに?

さらに疑問はふくらみ、やはり母親自身の生い立ちや、夫に捨てられたこと、生活が困窮していたこと、手を差しのべる人がいなかったことが大きな原因なのだろうか。そもそも子どものもうひとりの親である父親の責任は問われないのだろうか、という怒りも込みあげます。そして、この世の中全体に落とし穴はないか? という方面にも私の思いは及びました。

もしも主人公が助けを求めていたとして、児童相談所などは望ましい対応ができただろうか? 関係機関だけでなく、母親という同じ立場の人々をも含めた世間は、その家庭の問題を受けとめることができたのか? 「母親だから」という理屈だけで、母親を追い詰めたりしないか? 世間のひとりである私自身も「対岸の火事」と他人事を装い、非難の目を向けて、子育てのしづらい社会づくりに加担していないか?

そして最後に私が行き着いた思いは、主人公は子育てを通して、世間や生きることに絶望していたのではないか? ということでした。私の中でさまざまな感情が浮かんでは消えながら、”やるせなさ”だけが、ずっと心にへばり付いています。

子育てのSOSが発信しやすい世の中を、そして、すべての子どもと親が笑顔で暮らせる世の中を、切に願って。

※参考:『ルポ虐待 大阪二児置き去り死事件』(杉山春著 筑摩書房 2013年)

文:福本 福子 編集・一ノ瀬奈津

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参考トピ (by ママスタジアム
子宮に沈める