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夫婦の心がはなれていく描写が絶妙?まるで「世にも奇妙な物語」……本谷有希子『異類婚姻譚』

夫婦の心がはなれていく描写が絶妙?まるで「世にも奇妙な物語」…不気味なお話

「主婦が普段見ないようにしている部分を突きつけられた」

この間「藁の夫」という短編小説を読んで、筆者はこう感じました。小説は藁(わら)でできた夫をもつ女性の話です。現実離れした不思議な設定と、日常にひそむ毒を書いているところが、まるで「世にも奇妙な物語」。読み終わったときには、例のテーマ曲とタモさんの姿が浮かんでくるようでしたよ。

この短編、実は平成27年度下半期の芥川賞受賞作『異類婚姻譚』という作品の中のものです。芥川賞というと近寄りがたいイメージがありますが、平成27年度上半期はピースの又吉さんの作品が受賞して話題になりましたね。

作者・本谷有希子さんはちょっと過激!?

「藁の夫」の作者は本谷有希子さんという方で、あるニュースサイトによると、ちょっと過激な方のようです。本谷さんは劇作家でもあるのですが、稽古がスパルタすぎて、役者が血尿を出したり、円形脱毛症になったりする始末。「演出家たるもの、役者やスタッフに『殺してやりたい!』って思われるくらい横暴じゃないとね、って思うことはあります」と話したこともあるそうで……。一方、狂気があるからこそ人を惹きつける作品をつくれるのでは、とも書かれています。

これから紹介するのはその短編を短くまとめたものです。「こわいもの見たさ」で読んでもらえたらと思います。

「藁の夫」

トモ子は藁の夫と半年前に結婚した。藁でできているが、人間のように動き、会話もする。トモ子が気に入ったのは、彼が誰よりも明るく、優しい藁だったことだ。反対もあったけれどトモ子は満足していた。今日だって、紅葉のなか夫とランニングを楽しんだ。

しかし帰る途中、トモ子はシートベルトを乱暴に外したせいで、新品のBMWの窓枠を傷つけてしまう。何度も謝るが夫は応じてくれない。先週もドアをガードレールに当てたばかりだった。

夫の不機嫌は家に帰ってからも続く。

<どうしてあんなに雑に扱うの?> 「シートベルトを外す時に気をつけなきゃっていう意識がなくて。わざとじゃないの」 <そうかなあ>

その時、藁の中で何かがうごめいた。トモ子は思わず声をあげそうになったが、夫は何も気づいていないようだ。

「わざと傷つけてるって言いたいの?」知らないふりをしなくてはと思い、トモ子は会話を続けた。<気をつけますって先週言ったじゃない> しゃべるたびに、うごめいているものが藁の隙間から見えてしまいそうで、トモ子は息が止まりかけた。

「約束したのはドアのことでしょ」 <そんなことも注意しなきゃ駄目?> その瞬間、夫の口から何かが落ちる。トモ子はすぐに目を凝らすが見えない。

「これからは本当に気をつける」 <もっと具体的な案を出してよ> トモ子は夫から目が離せなかった。顔のあらゆる隙間からあるものが吹き出し始めた。それは小さな小さな楽器だった。トランペット、トロンボーン、クラリネット、小太鼓……。

「シートベルトを丁寧に外すにはどうしたらいいかの案?」トモ子はつぶやく。<悪いと思ってないじゃない。怒られるのが面倒なだけでしょ> 「車を大事にしようと気をつけてたけど、そう思うの?」 <そんなこと思ってないだろ> 夫の声に怒りが混じり、楽器も勢いを増す。「結局私を嫌な人間だと思いたいんでしょ。よく結婚したね」 いまや夫は何百組ものシンバルを吐きながら話していた。<本当に>バシャン。<悪いと思ってるなら>ガシャンガシャンガシャン。<そんなふうに言い返したり――>

急に楽器の勢いが弱まった。夫を見るとすかすかの藁になっていた。どっちが彼なのだろう、とトモ子は思った。外に出た楽器と、すかすかの藁、どちらが自分の夫なんだろう。
「ケンカはやめない?」トモ子は叫んだ。<そうだね、時間の無駄だね> 「全部私のせいだから。もう車に乗らないことにする」 <いいかもね>

気づくと、太陽に干したタオルのように愛おしかった彼の匂いが、家畜のエサの臭いに変わっていた。もうひとりの自分がどうしてこんなものと結婚したんだろうと頭の中でつぶやいた。そして突然、燃え上がる火のイメージが浮かびあがった。藁に火をつけるとどうなるのか、トモ子はまだ知らなかった。想像するだけで心臓がどきどきと鳴った。

我に返ったトモ子は楽器を藁の中にもどし始めると、夫の体はふくれていった。途中、落ちていた藁に火をつけた。その美しさにため息をこぼしたトモ子は、いつか藁の束に火をつけてみたいと思いながら、最後の楽器をもどした。
やがて、元気になったらしい夫は<ごめん、俺の方こそ悪かったよ。もう一度走りに行かない?>と言った。トモ子は、たった今炎に包まれる藁を想像していたことも忘れ、「行きたい」と応じて車に乗り込んだ。

気持ちのいい午後の公園。2人が走る足元には、ひっきりなしに楽器が落ちる音がしている。頭上の紅葉が燃える火のように美しい。

 

ふしぎで不気味な物語……あなたはどんなことを感じましたか。

恐怖。滑稽さ。あるいは「リアリティ」?

なぜ藁の夫と結婚したのか、楽器は何なのか、この夫婦の今後は? どう読み解くかはもちろん、ひとりひとりのママの自由。あなたならどう想像しますか。

文・編集部

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