つい”目安”が気になるけれど……?母乳とミルクについて知っておきたい話【新生児科医・今西洋介先生】
はじめての赤ちゃんを出産したママにとって、新生児の育児は未知の世界ではないでしょうか。特に母乳については、出るか出ないか、赤ちゃんがちゃんと飲んでいるのか……不安はつきません。
誰しも疑問に感じるであろう「母乳」について、大阪母子医療センター 新生児科の今西洋介先生にお話を伺いました。
母乳が出るようになるには、何が必要なの?
――産後に母乳がおもうように出ず、悩むママは少なくありません。
大阪母子医療センター 今西洋介先生(以下、今西先生):母乳というものは、基本的に誰でも出るものなんです。ただ母乳が出るためには「きちんとした刺激」と「母体の状態が追い付いていること」が必要になります。この2つがそろうタイミングはママによって異なるので、母乳が出始めるタイミングも異なるんですね。
初産婦さんのなかにも「産んだら母乳は出てくるもの」と考えている方はいます。なかには出づらくて「母となったのに母乳すら飲ませてあげられないなんて」と思い悩むママは少なくありません。でも産んだからといって母乳があふれてくるわけではないんです。
――母乳が出るようになるには刺激が必要とのことですが、どういう刺激なのでしょうか?
今西先生:乳頭を刺激し続けることです。母乳に関連するプロラクチンやオキシトシンといったホルモンは、吸わせ続けないと分泌されません。なので赤ちゃんに吸わせ続けることが母乳を出す重要なポイントですね。
授乳は赤ちゃんとママとの協調作業です。ママがいくら頑張って母乳を飲ませようとしても、赤ちゃんが飲もうとしなければ母乳が順調に出ることはありませんし、逆に赤ちゃんが母乳を欲しがってもママが授乳しようとしなければ、母乳は出なくなってしまいます。それにお互いに慣れも必要になります。
ちなみに乳腺が発達している経産婦さん(授乳されたことがある方)は母乳が出やすい傾向にあります。
もっと詳しく知りたい母乳のこと。「母子の授乳リズム」と「初乳」について
――赤ちゃんとママの授乳リズムが整うのは、生後どのくらいが経ってからでしょうか?
今西先生:1ヶ月すればだいたい授乳リズムは整ってくるのではないでしょうか。早い人では2週間くらいですね。入院中の1週間ではなかなか授乳リズムを整えるのは難しいとおもいます。
――赤ちゃんに飲ませたほうがいいといわれる「初乳」とは、産後いつからいつまで出る母乳のことなのですか?
今西先生:初乳の定義は難しいんです。だいたい免疫物質が多いのは産後数日の母乳です。初乳はかなり大切で、初乳を飲ませるかどうかで赤ちゃんの体調、免疫が変わってきますし、感染症の予防にもなります。ただ飲ませたい初乳の量の目安はありません。
大阪母子医療センターでは、超早期授乳といって産後24時間以内に初乳を赤ちゃんに与えるようにしています。
――先生は、出産後~退院するまでの間、母乳のことで悩んでいるママにはどのようなことを伝えていますか?
今西先生:「赤ちゃんとママの授乳リズムができるまで、一時的にでもミルクで助けてあげたらいいですよ」とお話ししています。いわゆる「母乳神話」にとらわれる必要はないんですよね。ミルクも一時的なヘルプとして使いながら授乳リズムが整うのを待ってもらいたいです。
ママの食事は母乳の質に影響するの?
――ママが食べた物や飲んだ物は、母乳の質に影響しますか?
今西先生:ママが食べた物が母乳の質に影響することはありません。でもママがリラックスした状態で授乳するのはとても重要だとおもいます。産後のママには難しいことではありますが、じゅうぶんな睡眠と栄養を摂ることを心がけてもらいたいです。
――赤ちゃんに食物アレルギーがある場合は、ママは食事に気をつけたほうがいいでしょうか?
今西先生:ママが食べた物で赤ちゃんのアレルギーがひどくなることはありません。1歳未満の赤ちゃんにアレルギーがあった場合、重症なミルクアレルギーではない限り母乳を与えるのをやめなくていいですよ。
――母乳よりミルクのほうが腹持ちがいい、といわれることがありますが、それは本当でしょうか?
今西先生:ミルクは腹持ちがいいというよりも、消化がゆっくりなんです。なので「腹持ちがいい」と感じるのでしょう。ミルクの場合は、うんちが固くなる傾向があります。母乳の方が消化がよく、うんちが柔らかくなります。
母乳がどれだけ飲まれているかわからない
――母乳の量が足りているかどうか、ママにはわかりづらいところがあります。
今西先生:搾乳した母乳を飲ませる場合は、1ヶ月健診などのときに赤ちゃんの体重が順調に増えていれば「足りている」という判断ができるでしょう。哺乳瓶ではあまり飲まないと感じるなら、哺乳瓶の乳首の穴の大きさをチェックしてみるといいですね。穴の大きさを変えたら飲む量が増えることもあります。
――逆に「飲ませすぎ」の目安はありますか?
今西先生:出産直後の赤ちゃんは「吸啜(きゅうてつ)反射」という、くわえたものを何でも吸う原始的な反射があります。なので与えた分はすべて飲んでしまいます。ただ限界を超えたら吐くので、毎回吐くのであれば少し量が多いかもしれません。体重が順調に増えていることなどの条件はありますが、もし毎回飲んだ母乳を吐くなら、与える間隔を広げたり量を減らしたりするなどしてみるといいですね。
赤ちゃんの体重が増えない……
――赤ちゃんの体重増加の目安は、どのくらいでしょうか?
今西先生:そうですね。だいたい最低体重から1日に25gくらいずつ増えてほしいです。2週間など短い期間で判断するのではなく1ヶ月くらいの長い期間でみて判断するところですので、体重の増加について心配な方は1ヶ月健診で相談されるといいですよ。
ただ生後1ヶ月の新生児期に関しては、そこまで体重の増え方に関して神経質にならなくていいです。家庭では赤ちゃんの体重を毎日正確に計測することは難しいですよね。なので日々、赤ちゃんがきちんとおしっこやうんちをしていれば大丈夫です。
――新生児に飲ませたい母乳やミルクの量に、目安はありますか?
今西先生:医療関係者としての数字はあります。しかしママさんたちに具体的な数字を伝えることはしません。なぜならその「数字」にこだわりすぎて、自分を追い詰めてしまうママがいるからです。ひいては「産後うつ」などを引き起こすリスクがあります。数字にはこだわらなくていいので「だいたいこのくらい」で飲ませた量(母乳の場合は飲んだ時間)を把握して、赤ちゃんが飲む量や時間の目安にしてもらうといいですね。
――数字にはこだわらなくてもいいとはいえ、赤ちゃんの体重が減ると心配になります。
赤ちゃんの体重は、産後すぐから少しずつ減り始める「生理的体重減少」があります。つまり出産して退院するまでの間くらいは、赤ちゃんの体重は減るんです。赤ちゃんの体重が増え始めるのは、退院するあたりの生後5日目くらいから。入院中に赤ちゃんの体重が減ったことで自分を責めるママもいますが「入院中の赤ちゃんの体重減少については、問題ない。大丈夫だよ」と伝えています。
――母乳やミルクを順調に飲んでいるのに赤ちゃんの体重が増えないとき、どのような原因が考えられますか?
今西先生:母乳やミルクをきちんと飲んでいるのに、赤ちゃんの体重が増えない場合には、赤ちゃんに何らかの病気が隠れている可能性があります。ひとつは「肥厚性幽門狭窄症(ひこうせいゆうもんきょうさくしょう)」といって、生後1ヶ月くらいの赤ちゃんに見られることがある病気の可能性があります。胃の出口が狭くて吐いてしまい、体重が増えなくなってしまいます。
赤ちゃんが吐いちゃう!気を付けたいこと
――吐き戻しをしにくくするために、行いたいことはありますか?
今西先生:赤ちゃんに授乳したあとのゲップのさせ方や抱っこの仕方も重要なポイントになります。
飲んだら10分くらい縦抱きしてあげるといいですね。赤ちゃんの胃は身体のなかで固定されているわけではなく、ぶら下がっている状態です。なので赤ちゃんの身体が曲がっているときは、胃が半分に折りたたまれた状態になっています。赤ちゃんを縦抱きにすることで折りたたまれた状態の胃が開けてまっすぐな状態になるので胃の容量も増え、吐きにくくなるというわけです。
――赤ちゃんが吐いてしまったとき、注意しなければいけないことはありますか?
今西先生:もっとも危険なのは緑色の液体を吐いてしまったときです。その液体は「胆汁」で、胆汁を吐くのは体内に閉塞(詰まっているところ)がある重大な状況に他なりません。絶対に病院を受診してください。
ほかにはミルクや母乳に交じって血液を吐いてしまった、ということで救急外来にくるママさんが少なくありません。この状況でもっとも多い原因は、ママの乳首が切れていて赤ちゃんがママの血液を飲んでいたことです。「血乳誤飲」といいます。ママの乳首が切れていないか、確認してもらうといいですね。ミルクアレルギーや新生児メレナの可能性もあるので症状が続くようなら病院を受診してください
母乳育児とミルク育児はそれぞれにメリットがある
――母乳で育てることのメリットはなんでしょうか?
今西先生:母乳で育てることにはいくつか、科学的な根拠(エビデンス)があります。乳児期の感染症を減らすこと、発育を促すこと、長期的に発達が良くなることがデータとして証明されています。ママには母乳育児をすることによって子宮復古がすすみ、妊娠前の状態に戻りやすくなることがあります。長期的な授乳には卵巣がん、乳がんの発症を抑えるデータもあります。
――ではミルクで育てることのメリットはどんなものがありますか?
今西先生:ミルクは改良されて続けてきたこともあり、母乳と成分がほぼ同じなんですね。ミルク育児の最大のメリットはママが休めることです。産後のママは頑張りすぎる傾向があります。ひとりの人間を産み出した責任感からくるものですが、頑張りすぎることはときに産後うつのリスクを高めてしまいます。産後うつは15%くらいの人に起こるといわれています。
ママが休めることは、ママだけではなく赤ちゃんにとっても大きなメリットなんです。
産後のママは「頑張りすぎない」休むことは赤ちゃんにもいいこと
母乳に関する話を聞くなかで、今西先生からは繰り返して「産後のママに負担をかけないことが重要」とのお話がありました。子育ての日々はこれからも長く続いていきます。「頑張りすぎず」「休みながら」赤ちゃんとの生活を楽しんでくださいね。