受けたいと思ったら知ってほしい「出生前診断」の問題点【新生児科医・今西洋介先生】
妊娠中に赤ちゃんの状態を詳しく知りたい妊婦さんは少なくないでしょう。出産年齢の高年齢化により、出生前診断のニーズは高まっているといわれています。母体の年齢による胎児への影響は、高齢だとより気になってしまうものですよね。妊婦健診で受ける「超音波検査(エコー検査)」も出生前診断のひとつですが、今回はその他の出生前診断について。胎児の状態を知ることができる診断ではありますが、さまざまな問題点をはらんでいるのです。
大阪母子医療センターの今西洋介先生に、医療現場ならではのお話を伺いました。
主な出生前診断の種類とは
まずインタビューの前に、簡単に出生前診断について。出生前診断には大別して2種類、「非確定的検査」と「確定的検査」があります。非確定的検査は、赤ちゃんの疾患の可能性を評価するために行う検査です。確定的検査は、赤ちゃんの疾患の診断を確定させるために行う検査です。
超音波検査(エコー検査)-非確定的検査
超音波検査は、母体の外側からお腹などに機械をあてることによって胎児の身体の画像を読み取り、診断するものです。
新型出生前診断(母体血胎児染色体検査・NIPT)-非確定的検査
母体血胎児染色体検査(NIPT/以下、新型出生前診断)は、母体から血液を採取して血液検査によって、胎児の染色体の変化を調べる検査です。診断を確定させるためには、確定的検査を受ける必要があります。
羊水検査-確定的検査
羊水検査は母体のお腹に針を刺し、採取した胎児の細胞から染色体の変化の診断について、確定させるものです。
絨毛検査-確定的検査
絨毛検査は母体のお腹に針を刺して絨毛を採取し、胎児の染色体などを調べます。
出生前診断をするかどうかの判断は
ここからは大阪母子医療センターの今西洋介先生のお話です。
――出生前診断を受けるまでには、どのような流れになりますか?
大阪母子医療センター 今西洋介先生(以下、今西先生):35歳の高齢出産だからといって、全員に出生前診断をすすめることはしません。超音波検査(エコー検査)をして胎児に異常がある可能性があると判断した場合、複合的な観点からひとつの情報を得るために出生前診断をすることはあります。ご両親が胎児の状況を受け入れる準備をするため、という意義もあります。
ただいきなり非確定的検査である新型出生前診断(NIPT)をすすめることはなく、確定的検査である羊水検査、絨毛検査などをすすめています。
――胎児に異常がみられた場合は、必ず何らかの検査をするのですか?
今西先生:ケース・バイ・ケースですね。たとえば超音波検査の段階で21トリソミー(以下、ダウン症)が疑われるときでも、検査をしないことがあります。
――胎児にダウン症の疑いがあるのに、なぜ検査をしないのですか?
今西先生:ダウン症に関しては「病気と言うより、体質である」と説明させていただいています。平均寿命もダウン症ではない方々と変わりません。ダウン症である/ないに関わらず同じような人生を歩めることがわかっています。
――出生前診断のうち、母体に針を刺す検査がいくつかあります。母体にはどのようなリスクがありますか?
今西先生:羊水検査、絨毛検査は子宮に直接針を刺すので、早産のリスクはゼロではありません。なので早産や流産のリスクと、検査をして得られる情報の重要性それぞれをじゅうぶんに検討して、検査をするかどうかを決めることになります。
新型出生前診断(NIPT)の問題点
――先生は新型出生前診断(NIPT)について、どのように考えておられますか?
今西先生:出生前診断の一番の問題は、適切な新型出生前診断(NIPT)が認可施設でしかできないということです。そのために条件や金額が折り合わず認可施設でこの検査を受けられなかった人が、認可外の施設で安い料金で検査を受ける、というケースが出てしまうんです。
――認可施設と認可外施設では、新型出生前診断(NIPT)の内容に違いがあるのでしょうか?
今西先生:新型出生前診断(NIPT)を受けるにあたっては、胎児の状態について正しい知識と情報に基づいて、大きな責任を背負いつつ、胎児のご両親に説明できる専門家が欠かせません。染色体は究極の個人情報なので、染色体を扱う検査には遺伝診療科の先生、遺伝カウンセラーが関わります。認可施設ではそれらの専門家による「遺伝カウンセリング」を必ず受けることになっています。
遺伝カウンセリングとは、遺伝に関するさまざまな問題や不安を抱える方に対して、遺伝子や染色体のことをわかりやすく、遺伝の専門家が説明するものです。
しかし認可外施設では、料金を安くするために遺伝カウンセリングそのものを削って結果を郵送、メールだけで通知しているところが少なくないんです。遺伝カウンセリングを受けられないまま検査の結果だけを受け取り、確定的検査をしないまま中絶してしまう人はゼロではありません。料金が安いのは、必要な説明を省いているためです。
――新型出生前診断(NIPT)には、他にも問題点があるのですか?
今西先生:新型出生前診断(NIPT)は羊水検査、絨毛検査よりも問題点が多いですね。受ける側の考え方もひとつです。新型出生前診断(NIPT)を受けたい、と希望する人は、検査の「先」、産むか産まないかを決めている人が少なくないようです。新型出生前診断(NIPT)の結果だけで、確定的検査を受けずに赤ちゃんを産むことをあきらめる人もいます。
新型出生前診断(NIPT)は、非確定的検査で、結果は絶対ではありません。それにどんな検査にも限界は存在します。結果を踏まえたうえで、もっと詳しい検査が必要なんです。
出生前診断を受けることの是非と、出産後の愛着形成の重要性
――そのような「産むかどうか決断するため」に出生前診断を受ける人に、先生はどのようなお考えをお持ちですか?
今西先生:出生前診断などの検査を受けない人たちのなかには、他の診断方法があるなどの情報にたどり着かない人もいます。検査を受ける方と受けない方とで、情報格差が発生するわけですね。情報格差がある一方で、じつは検査を受けないで出産した赤ちゃんがダウン症だとわかった人のほうが、子育てを放棄しない傾向にあります。
重要なのは愛着形成の時間を持つかどうかです。産後ご両親が、まだ赤ちゃんがダウン症だとはわからない状態で赤ちゃんと過ごし、赤ちゃんに対してじゅうぶんな愛着形成ができたあとに、「赤ちゃんがダウン症」だとわかった場合は、ショックは受けられるものの前向きに受け入れられる人が多いですね。愛着形成の時間を取ることは、家族のショックを和らげる効果があるとおもいます。
――先生はダウン症の赤ちゃんを担当された場合に、どう対応されているのですか?
今西先生:そうですね。基本的には赤ちゃんと家族との最初の面会よりもさきに、お話をすることはありません。まずは赤ちゃんの顔を見てもらいます。お母さんは出産という一大イベントを終えたばかりで安堵感でいっぱいになっておられます。「おや?」と疑問を持つ方はあまりいませんね。話すタイミングは赤ちゃんとお母さんの状態を見計らっています。
――赤ちゃんへの愛情を持ってもらう時間をまず取る、ということですね。そのほかにはどんな対応をされているのですか?
今西先生:私が勤務している大阪母子医療センターのダウン症外来には、ダウン症の方々が通う療育や患者会があります。ダウン症外来で過ごしてもらうと、ダウン症の先輩方からさまざまな話を聞くことができます。そこでダウン症に関する情報を知ってもらうことが大きなポイントです。知らないことはやはり不安を増やしてしまいますから、まずダウン症について知ってもらいたいですね。
「検査したい」と思ったら目的を話し合いたい
お腹のなかで育っている赤ちゃんの状態は直接確認することはできないですから、その分不安が募ってしまいますよね。出生前診断で少しでも安心したい、と妊婦さんが思うのも無理はありません。しかしもし事が起これば早めに対処したいと考えているのであれば、出生前診断の倫理的な意義を考えてしまいますね。
出生前診断を受けようとするときは「なぜ検査をするのか」を家族でじゅうぶんに話し合う必要がありそうです。先生、貴重なお話をありがとうございました。
取材、文・しのむ イラスト・水戸さゆこ