”大人になる楽しみ”を子どもから奪ってない……?『物語のなかとそと 江國香織散文集』からの気付きは、親として目が覚める思い
突然ではありますが、みなさんは「大人と子ども、どちらが得」だと思いますか?
というのも、筆者が先日読んだ本に収録されていたひとつのエッセイの話題が「大人と子ども、どちらが得か」であり、子どもをもつ親として胸に刻まれる内容だったのです。
本のタイトルは『物語のなかとそと 江國香織散文集』。小説家である江國香織さんが、これまで雑誌・新聞に発表してきたエッセイなどを1冊にまとめたものでした。
江國香織さんと言えば、直木賞作家であり、映画『東京タワー』・『間宮兄弟』などの原作者でもあります。みずみずしい感性と豊かな言葉で作品を書き上げる江國さんには、女性ファンも数多く存在します。
「大人より子どもが得」と主張する子どもたち
エッセイで描かれている場面の一つに、舞台上で子どもたちが意見を言いあう、”子ども会議”なるものに江國さんが出席したときのことが書かれています。会議のテーマは「大人と子ども、どちらが得か?」というもの。参加した小学生はひとり残らず「子どもが得」に手を挙げました。理由には「大人は仕事がある」、「住宅ローンもある」、「子育てが大変」という声が……。
筆者も正直、本を読みながら心のなかで「子どもが得」に手を挙げました。育児・家事、仕事、毎日こんなに大変なんだもの。
でもエッセイの続きを読んで、筆者は子どもを持つ親として目が覚める思いでした。
幼いころ大人に憧れていた江國香織さん
江國さんは子どもたちがみな「子どもが得」に挙手するのを目にして、以下のように感じたそうです。
『私は子供たちが気の毒になってしまった。(中略) 楽しいのは子供のうちだけで、大人になったら辛いことばかり増える、と思いながら大人になるなんて最悪ではないか。
子供のころ、私の周囲には楽しそうに見える大人がたくさんいた。徹夜で麻雀に興じたり、賑やかにお酒をのんだり、子供は食べさせてもらえない肴を食べたり、風変わりな服装をしたり、好きなだけ映画を観たり。彼らだって勿論「仕事」をしていたし、「ローン」も「子育て」もあったはずだ。でも、人生を楽しんでいた。大人には大人の世界がはっきりとあり、私はそれに憧れていた。大人はいいなあ。子供に、そう思わせることのできた彼らは格好よかった』
これを読んで、子どもの方が得だと考えたはずの筆者の胸に、幼い頃「早く大人になりたい」と思ったシーンがよみがえりました。たとえば、夜中、目が覚めると父がお酒を飲みながら映画を楽しんでいたこと、母はデパートで買い物をする日には、お金に糸目をつけなかったこと、大人はテレビを観すぎても叱られないこと……。
思えば筆者も江國さんと同じく、大人の世界に憧れていた子どものひとりでした。
”大人の楽しさ”を子どもたちに見せつけたい!
そして大人になった今、かつて筆者が憧れた”大人の楽しさ”を自分も手にしたのだと気づきました。子どもの頃に夢みた、真夜中のお酒も、大人買いもテレビの観すぎも、やろうと思えば大人になった今では実現できます。
大人には育児・家事・仕事もろもろの責任がつきまとう一方、たくさんの自由もあるのです。
”大人の大変さ”だけでなく、”大人の素晴らしさ”を、わが子は親から感じているだろうか? せっかく子どもを授かったのに「育児が大変」、「仕事がきつい」とフキゲン顔で暮らすだけで、人生の楽しさをわが子に伝えていない自分がいるのではないか? 筆者は「大人と子ども、どちらが得か?」の問いに、すぐさま「子どもが得」とした自分を恥じました。
たしかに大人は仕事に責任があったり、住宅ローンがあったりと大変で、お気楽に見える子どもを羨む日もあります。けれどもポイントは、大人と子どもそれぞれの大変さを数えあげて白黒つけることではなく、「大人っていい!」と子どもたちに思ってもらうことなのだと思います。
いずれ子どもは大人になって、遠くない将来を大人として生きていく今の子どもたち。
子どもをもつ親になったからには、”大人の楽しさ”なるものを、わが子に感じとってもらわなければ親がすたる! という気持ちが沸き上がりました。江國さんのエッセイは筆者に、大人になる楽しさを子どもに伝えたいという気持ちをたきつけてくれました。
お酒や大人買い、映画やファッション……etc. 自分が心から楽しいと感じるものを存分に堪能して、いきいきと暮らす親の姿を、子どもの目に映せたらと思います。
「大人と子ども、どちらが得か」という胸に残るエッセイを読んだものですから、さっそく筆者は6歳の息子に、おそるおそる「大人と子ども、どっちが得だと思う?」と尋ねたところ、「ん~子どもかな?」という回答をいただきました……撃沈! ”大人を楽しむこと”を、もっと頑張りま~す(笑)。
文・福本 福子 編集・横内みか