大人になってからも、間違ったことはちゃんと「間違っている」と注意をしてくれる人はいますか?
最近、誰かから注意された経験はありますか? 大人になると人から注意されることって減りますよね。でも、それって良いことなのでしょうか。
『世の中の人って、陰口は言うけどなかなか自分が悪者になってまで注意なんかしてくれない。それをしてくれる人がいたら宝だと思うべきって。なるほどじゃない? その注意を素直に聞けないと、注意してくれる人を失ってしまうかもしれないよね』
ママスタコミュニティに寄せられていたこの質問。たしかに何歳になっても、身近に注意をしてくれる人がいるというのは恵まれたことなのかもしれません。
あなたを注意してくれる人っている?
大人になった今、自分を注意してくれる人ってどんな関係性の人が多いのでしょうか。
『「〇〇だから言うんだからね!」って私に注意してくる知り合いママがいるよ』
『地元のママ友』
『家族なら言えるし、聞ける』
『親に言われるのはわかる』
『会社の上司。言われるうちが華だと思う』
素直に聞けない相手もいる
注意してくれる人がいるのはありがたいとわかっていても、相手によっては素直に聞けない場合もありますよね。
『正論だけどウソだと思う。義母だと宝って思えない』
『私に注意してくるのは、クソな姑だわ』
『間違えていることを注意してくれるならいいけど、その人の価値観だけで明らかな間違いではないのに注意してくる人もいる。義母だけどね』
『ママ友が宝なわけないじゃん……』
『会社の年上の社員のマウンティング的な注意は聞けない』
注意してくれる相手の”思い”に気づいて
若い頃は注意されたらイライラ、モヤモヤするだけだったけど、年齢を重ねたからこそ、そのありがたさがわかるようになることってありますよね。
『年取ってきたら、そういう人のありがたみを感じるようになった』
『日本人って、面と向かってハッキリ言わないし解決しない。遠慮という及び腰』
『悪口や蔑みを言う人は多いけど、注意する人は少ないよね。同じような内容でも、受け止める人の素養で全く意味が違うものになる』
『一理ある。仕事だと特にそうだよね。言い方とかタイミングとか気をつけることはあるけど、”注意する、される”って大事だよ』
『注意と人格否定は紙一重だから、気をつけたい』
筆者も、つい最近親しい人から注意されました。大人になると、なかなかそういうことがないのではじめは驚いてしまいましたが、自分が見ないふりをしていたことに向き合うきっかけとなりました。きっと自分だけでは気づけなかったことが、注意されて明確になったのだと思います。人に対して注意をしたり怒ったりするのは、思っている以上にパワーを要します。相手に対しての思いがなければ、使えないパワーだったりします。「注意してくる相手によっては……」「言い方によっては……」という気持ちになるのもわかりますが、思いのある注意をしてくれる人が身近にいるというのは、とても恵まれたことですよね。
文・鈴木じゅん子 編集・千永美 イラスト・なかやまねこ
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