大人になってからも、きょうだいってそんなに価値があるもの?
“きょうだい”がいるみなさんは、大人になった今きょうだいのことをどう思いますか? 大切な存在ですか? それとも厄介な存在でしょうか?
『きょうだいって所詮他人だよね? お互い結婚したらきょうだいよりも今の自分の家族の方が大切になるし、「きょうだいは支え合う」とかそれは親の理想であって、実際は大人になるにつれ、相談すらしなくなっていく。相談したところで他人事だったりするし、きょうだいとはいえ、所詮他人みたいなものだよね? いない方がいいとは思わないけれど、そんなにきょうだいって価値あるものなのかな?』
血のつながったきょうだいであっても、他人と変わらないと感じている様子の投稿者さんですが、他のみなさんはどうでしょうか?
きょうだいは、かけがえのない存在だと思う
ママさんたちの多くは「きょうだいはかけがえのない存在でとても価値があると思う」と答えてくれました。
『大昔からの思い出を共有する仲間って感じ、いろいろ話せるのってきょうだいしかいないし、親が歳をとって相談もするし、買い物のときとか友達だとやっぱりあの店に戻って……とか言いにくいけれど、お互い遠慮なく言える』
『大切な存在だよ。年も離れているし性格も全然違うけど、良い意味で気を遣わずにいられて楽だしね。お互い結婚して母になって過ごす環境は変わったけど、今の方が姉であることを意識せずにいられる。それに両親のことを共有できるのは妹しかいないわ。妹はどう思っているかわからないけれど、私は妹がいてくれて有難いと思っている』
どんなに仲が良い友人でもなかなか本心までは明かせない場合もあるでしょう。けれども血の繋がったきょうだいであれば本音を話すことができるようです。また、たとえば親の介護など、家庭の事情など他人には話しにくいことでも、きょうだいであれば相談して支え合うことができるのではないでしょうか。
『価値ある。姉の思いやりには常に感謝している。姉が産んだ子たち(甥っ子たち)はめちゃくちゃ可愛がっていたし、姉も私の子どもたちをすごく可愛がってくれているから子どもたちにとっても大好きなおばさんで、ほかの大人より心の距離感は圧倒的に近い』
またきょうだい仲がよければ、おのずと子どもたちにとっても母親や父親のきょうだいが近しい存在に感じられるようです。親身になって話を聞いてくれるおじちゃん、おばちゃんであれば、子どもにとって特別な存在になり得るはずです。そういう状況になってから「きょうだいがいて良かった」と改めてきょうだいに感謝の気持ちをもったというママさんもいるようですね。
ただし、こんなきょうだいは迷惑!
しかしすべてのきょうだい関係が良好だというわけではありません。「きょうだいだから」という言葉が重いと感じる人も少なくないようです。
『兄弟だからって頼って来られて迷惑でしかなかった。特に金のことね。親から何を買ってもらったとかいちいちチェックして』
『私は他人だと思う。困ったときだけ連絡きたり、都合がいいとかだと他人より迷惑』
『自分にかなり余裕がないと、兄弟に金銭面や生活のことで相談されても困る』
きょうだいといえども人間関係。良い人間関係ができあがっていない場合は「きょうだいなのだから支え合いなさい」と言われたところで、支えてあげたい気持ちは湧いてこないのでしょう。とくに金銭面などにおいては、仲が悪いきょうだいが頼ってきたとしても「きょうだいだからと言って助ける義務はない!」と反発してしまう気持ちも分かりますね。
今まで築いてきた関係性によって差があるのでは?
『仲の悪いきょうだいはいずれ不仲になりそう。仲良い夫婦はきょうだいはずっと仲良さそう』
きょうだいが、かけがえのない存在か疎ましい存在かは、大人になるまでの関係性やお互いが置かれた状況によって大きく異なるようです。きょうだいだから仲良く付き合いたいとは思っていても、現実はなかなか難しいこともあるかもしれませんね。自分に複数の子どもがいる場合、その子たちが大きくなってどのような関係を築いていくのかは親としては気になるところ。「できることなら、きょうだい仲良くしてほしい」と思うものかもしれません。
とはいえ「きょうだいだから価値ある存在」と決めてしまっては、そうでない場合に苦しくなってしまうもの。親子にもいろいろな関係性があるように、大人になってからもきょうだい仲良く付き合える人はラッキーだなくらいに思い、自分たちなりの付き合い方が確立できればよいのではないでしょうか。
文・物江窓香 編集・Natsu
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