子育てママの駆け込み寺!女性の一生に寄り添う助産師さんの存在とは【助産師・杉浦加菜子さん】
2020年4月、オンライン上で無料の「両親学級&児童館特別イベント」が開催されました。両親学級や児童館イベントに講師やファシリテーターとして登壇したのは、全国から集まった200名以上の助産師さんたち。2週間のイベント期間中に約60クラスが開講。参加者は延べ800人にのぼりました。今回「両親学級&児童館特別イベント」を企画・主催した「じょさんしonline」代表の杉浦加菜子さんにお話を伺いました。
コロナだから……ではなかった。ママたちの抱える不安や悩みとは?
2020年1月にじょさんしonlineを設立し、オンライン上で個別相談やクラス開講を進めてきた杉浦さん。ほどなく新型コロナウイルス感染予防対策として、日本政府より緊急事態宣言が発令されました。今だからオンラインでできることがあると4月頭に急遽協力できる助産師さんを募り、「両親学級&児童館特別イベント」の開催に踏み切ったそうです。
――2週間で800名を超えるママが参加なさったと聞きました。ニーズの高さを感じますね。参加したママたちの不安やお悩みは、やはり新型コロナウイルスに関することだったのでしょうか?
代表・杉浦加菜子さん、以下杉浦さん:私たち助産師も当初はそのような状況を想定していました。しかし実際にママたちとお話をしてみると、外出自粛などで不自由さは感じているものの、自分たちにできることは「3密を避ける、手洗いやうがいをする」くらいで、それほど多くないと感じている方がほとんどでした。新型コロナウイルスそのものについての不安よりも、平常時のママたちと同じく、ご自身の妊娠、出産、産後について不安を抱えているママが圧倒的に多かったですね。
――妊娠、出産、産後のお悩みを解決する場として、産婦人科や助産院、自治体が開催している母親学級や両親学級などがありますが、緊急事態宣言を受けてやむなく閉鎖されましたよね。
杉浦さん:それらの場所が閉鎖されたことで、ママたちは相談できる場を突然なくしてしまったんですね。つまり繋がりが絶たれてしまった。それがママたちにとって大きな不安の種になっていると感じます。
大切な命を守り育むために必要な“繋がり”
――世間ではオンライン化へのニーズがクローズアップされていますが、元々はどういった経緯でじょさんしonlineを立ち上げられたのでしょうか?
杉浦さん:第1子出産後、私たち家族がオランダで暮らすことになったのが大きなきっかけでした。産後まもないうえに、初めての土地での暮らし。頼る人が誰もいないことに大きな不安を抱えての子育てでした。私のように外国で暮らすママに限らず、核家族化が進んだ現代では国内であっても孤立するママが増えています。海外か国内かというだけでなく、どこにいてもママが孤立することなく、誰かと繫がることのできる仕組みを作りたかったんですね。繋がる相手が助産師という立場の人であれば、ママたちはさらに心強いのではないかと考えたのです。
――オンラインで助産師さんに相談できるのは画期的ですよね。そうは言ってもリアルな繋がりのほうが強いと感じることはありませんか?
杉浦さん:そうですね。すぐに行ける距離に助産院がある、何でも話せる助産師がいることほど心強いことはないと思います。私自身もオンラインの画面越しでしかやりとりできないことにもどかしさを感じる場面もあります。ママや赤ちゃんに実際に触れられないのは、デメリットといえばデメリットなのかもしれません。
ただそうは言っても現代においては「地域で子育て」が難しい場面も多々あります。海外で暮らしているママもそうでしょうし、仮に環境的には整った地域で暮らしていても、ママの心身の状態から外出がままならないケースも多いようです。
――たしかに外出そのもののハードルが高いママもいますよね。
杉浦さん:まずはオンラインでもいいから助産師と繋がることができたら、ママはホッとできると思うんです。近くに頼れる親やきょうだいがいないママは多いですし、なかにはパートナーが協力的じゃない、あるいはママやお子さんの生命を脅かすような圧をかけてくるパートナーもいます。また身近に話を聞いてくれる存在がいないというママも多いですよね。
不安を抱えたママたちに必要なのは、何かしら話を聞いてくれる人の存在だと思うんです。「誰に相談すればいいのかわからない」「こんなこと言ったら変だと思われないかな」といった小さなことでいいんです。吐き出せる相手を持つことで、ママの心の中に安心感が生まれてくるのではないかと思っています。その安堵感が少しずつ積み重なっていけば「ちょっと外に出てみようかな」という気持ちになるかもしれませんし、「他のママさんと会ってみようかな」という気持ちになることもあるかもしれないですよね。
――じょさんしオンラインはママと地域をつなぐ入口のような位置づけなのでしょうか?
杉浦さん:はい、私はそう思っています。ママが孤立してしまうほど苦しいことはありません。妊娠中や出産直後は、どうしてもママがたくさんのことを背負いがちになりますが、一方で社会との断絶感が生まれやすい時期でもあります。そんなときオンラインを通じて助産師と「繋がる」ことができたなら、それがゆくゆくはママと地域とを繋げていくことになると思うんですね。そのために私は「この人なら話を聞いてくれる」とママたちに思ってもらえるような“お守り”のような存在でありたいと考えています。ふと辛くなったときに気軽に扉を叩いてもらえるように、全国の助産師たちと連携しながら、いくつものドアを開いておけたらいいなと思っているんです。
そもそも助産師さんって、どんな存在なんですか?
――これまで「助産師さん」と聞くと、産科でお産の介助をしてくれる人というイメージでした。お話をしていくなかで助産師さんのイメージが大きく変わってきたのですが、杉浦さんが思う助産師さんとは、どのような存在でしょうか?
杉浦さん:おっしゃるように、もちろん妊婦さんのサポートやお産の介助も助産師さんの大きな役割のひとつです。しかし実際にはもっと女性の駆け込み寺として活用いただける存在だと思うんですね。
――女性の駆け込み寺。具体的にはどういった存在なのでしょう?
杉浦さん:妊娠~出産~産後の時期に助産師さんと関わる機会が増えるママが多いと思うのですが、実際に助産師が関わっているのは、妊娠中や産後まもない時期だけではありません。思春期のお子さんにまつわるご相談だったり、ママ自身の身体や心のこと、たとえば更年期特有のお悩みなどもご相談いただけるのが助産師なんです。女性の一生を通してお付き合いいただけるといっても過言ではないと思います。実際に、産後うつやパートナーからのDVに関するご相談に乗っている助産師も数多くいます。
―――それは知りませんでした。ということは、たとえば出産するために自宅や実家から近い産科を受診しているとしても、そこで相談しづらいことがあれば他の助産師さんに相談することができるということですか?
杉浦さん:もちろんです! ママたちのお話を聞いていて思うのは、みなさん案外、我慢していらっしゃるんですよ。忙しそうなドクターや助産師たちの様子を見て、なかなか自分の希望が言い出せなかったり、本当は不安なのに質問できなかったりするようなんですね。わがままな患者さんと思われてしまうのではないかという不安がそうさせているところもあるかもしれません。でもお産にしても子育てにしても主体はママと赤ちゃんなのですから、ほんとうは我慢する必要なんてないですよね。どんなに小さな不安でも疑問でも、それを解消していくことが安心できるお産や子育てへと繋がっていくと思っています。
ただ病院の場合はさまざまな事情から、そういった時間や人員の余裕がないという現実もあると思います。ですから出産する産科のドクターや助産師さんとのコミュニケーションはとりつつも、別の場で助産師と出会い、繋がることを提案したいんです。
――今、まだ自分に合う助産師さんと出会えていないママはどうしたらいいのでしょうか?
杉浦さん:ぜひインターネットなどでお近くの助産院や助産師を探してみてください。助産師の働くスタイルはさまざまで、病院勤務の方もいますしフリーランスの助産師や開業助産師などもいます。それぞれ活動内容も違いますので、きっとご自分に合った助産師と出会えると思いますよ。もしお近くに助産院や助産師さんが見つからないときには、じょさんしonlineにお問い合わせいただければと思います。
「あなたはひとりじゃない」繋がることをあきらめないで
「あなたはひとりじゃない」子育てや生活でひどく追い詰められているとき、その言葉がきれいごとに聞こえるときがあります。ひとりじゃないと言われても、私の周りには誰もいないじゃないか! と絶望してしまいたくなる日もあるのです。でもそんなときにいつでも手を差し伸べてくれているのが助産師という立場の人たちなのかもしれません。
今回の「両親学級&児童館特別イベント」には、杉浦さんの声掛けからたった2日の間に100名以上の助産師さんが手を挙げ、最終的には200名以上の助産師さんが集結したそうです。それぞれ本業を抱えながらもママや赤ちゃんたちに何かできることがあれば……と無償で労力や時間を提供した助産師さんたち。その行動力の裏には、やはり「母と子の命を守り育む」という使命感をそれぞれが持っていらっしゃることを感じずにはいられません。
身近な人にはなかなか言い出せないことも、画面越しだからこそ打ち明けられることがあります。自宅にいながら、パジャマのままで、授乳しながら……。ありのままの姿で対面できるのがオンラインのいいところでもありますね。頑張り屋さんのママたちが、心ゆるせる助産師さんたちと出会うことができますように。オンライン化の波に乗って、新しい繋がりの形がゆるやかにそして優しく広がっていくことを願います。
取材、文・Natsu