待機児童の陰に隠れたもう1つの保育園問題、障害児保育って?
待機児童数が過去最高を記録した東京都・世田谷区。その中で待機児童にさえなれない子どもたちがいます。それは、痰の吸引や胃ろうなどの医療的ケアのある子どもや重症心身障害児と言われる重い障害のある子どもたちです。
さらに子どものケアのため、障害児の母親の就労率は健常児に比べて格段に低くなっています。ある一通のメールがNPO法人フローレンスに届いたことで現状を知り、動き始めた「障害児保育園ヘレン」。運営する認定NPO法人フローレンスの宮崎真理子さんと、開園にあたって寄付という形でサポートしたチャリティ・プラットフォームの村上絢さんに障害児保育問題についてお話をお聞きしました。
待機児童にすらなれない障害児保育の問題とは?
――「障害児保育園ヘレン」とはどういうところですか?
フローレンス事務局長 宮崎さん
宮崎真理子さん(以下、宮崎):2014年にフローレンスがオープンした医療的ケアが必要なお子さんや、重症心身障害のお子さんを専門に長時間預かることができる日本で初めての保育園です。
現在、東京都の待機児童は約5000人、潜在待機児童も含めると4万人以上といわれています。東京都で待機児童が一番多い世田谷区では1000人以上います。そんな中、重い障害のある未就学児は都内だけでも1500~2000人ほどいます。特に小児医療の発達により、救える命が増えて痰の吸引や胃ろうなどの医療的ケアが必要な子どもは増えています。行政でできないのなら、自分たちで障害児に特化した保育園を作ろうということで開園しました。
死産を経験したことで働くママや女性たちを支援したい気持ちがより強まった
――村上さんは、どのようなきっかけでこの障害児保育を知られたのでしょうか?
チャリティ・プラットフォーム代表理事 村上絢さん
村上絢さん(以下、村上):私は、今チャリティ・プラットフォームというNPOをやっています。私の本業は株式投資などですが、我々にできる社会貢献があるんじゃないかということで、これまでもいろんなところに寄付をしてきました。
私自身、もうすぐ2歳になる子どもがいます。本当はもう1人おなかにいたのですが、今年の1月に死産しました。そういう経験があったため、できるだけワーキングマザーとか妊婦さん、女性、お子さんを支援したいという気持ちがありました。そこで以前から付き合いのあったフローレンスさんにお声がけさせていただき、杉並区の「障害児保育園ヘレンおぎくぼ」に見学に行かせてもらったのがきっかけです。
障害児保育園ヘレンおぎくぼの様子
専門のスタッフが複数いてもケアは大変! 少しでもサポートできれば
――実際に訪れてみていかがでしたか?
村上:もしかしたら死産した子も、障害を持って生まれてきていたかもしれないという気持ちがあり、すごく心を打たれました。特殊な車いすが必要な子だったり、チューブから栄養を摂る子だったり、起き上がれない子もいて、保育士さんと看護師さんが一緒にやっても大変なのに、これをお母さんがひとり自宅でケアするとなると、ものすごく大変だろうなと思います。そんな中で自分にはなにができるんだろうと考えさせられ、この活動をサポートしたいと強く思いました。
始まりは重度の障害児を持つ母親からの一通のメール
宮崎:ヘレンの成り立ちというのは、フローレンスの代表である駒崎に届いた一通のメールがきっかけでした。「現在、育休中で子どもに重い障害があります。預け先を探していますが、なかなか見つかりません。どこかないでしょうか」という内容でした。一緒に探してみたんですけど、東京都には1カ所もなかったんですね。それだったら我々は病児保育、小規模保育所もやっていますので、様々な保育の経験を使って一般の保育園の入園が難しい子を預かれる保育園をやろうということになりました。
障害児を持つ母親親の常勤就業率はわずか5%
――生活のためには仕事もしなければいけないし、子どものケアをしたり、成長を手助けしたいという気持ちもあるから、お母さんたちは必死ですよね。
宮崎:そうですね。現在の児童福祉法に定められた「児童発達支援」という制度で運用される一般的な障害児の通所施設に子どもを預ける場合、短時間での利用、場合によっては母子同伴での利用となり、お母さんが常勤で仕事を続けるのは大変難しくなります。事実、障害児の母親の常勤雇用率はたった5%です。
それに対して障害児保育園ヘレンは、朝8時から夕方6時30分までの間、保育士や看護士、作業療法士、理学療法士など高いスキルを持った方たちがチームになってお子さんのケアをすることで、その子にあった質の高い保育を行いますので、お母さんは安心して仕事を続けることができます。
今、へレンに通っていただいているお母さんたちの常勤の雇用率は88パーセントです。就労を継続するという意味でも貢献できているかなと思います。
常にサポートを受ける側ではなく、仕事をすることで社会に貢献したい
――保育園を利用されている親御さんの反応はいかがですか?
宮崎:あるお母さんが「保育を受けることによって、私は職場に復帰できました。私を社会に帰してくれて本当にありがとうございます。私はこの思いを仕事で返していきます」というふうにおっしゃってくださって、非常に嬉しかったです。障害のあるお子さんがいても常に支援を受ける側ではなくて、お母さんたち自身が力を持っていますし、活躍できる場があります。
保育園に通うことで子ども自身の発育にも大きな変化が!
宮崎:お子さん自身も保育園に通うことで、まわりの子どもたちから刺激をいっぱい受けます。ヘレンは親御さんのためだけではなく、障害のある子ども達の場所なんです。
村上:杉並の園に行った時、それまでは自分で食べることができなかった子が、もう少し症状の軽い子と一緒にいたことで、自らスプーンを持って食べられるようになり、最終的には区の認可保育園に転園することができるまでに成長しました。ヘレンでの手厚いサポートがあったからこそできたことだと思います。
宮崎:やはり小さな集団で、同じような歳の子どもたちがいると、周りから刺激を受けて「やりたい!」という気持ちを芽生えさせることができるのです。それって大きなことだなと思います。そういったなかで少しずつ成長して、今年4人の子どもたちが区の認可保育園に転園することができました。寂しい気持ちはありますが、本当に嬉しかったです。
豊島、世田谷、江東区とスピード感を持って開園していきたい
――これからの展開についてはどのように考えていますか?
宮崎:基本的にはニーズがあるエリアに優先的に開園していきたいなと思います。今年の7月に豊島区、2017年2月に世田谷区、その後江東区に開園する予定です。まだ東京には1500人以上こういう場所を利用できるお子さんがいるのでスピード感を持ってやっていきたいと思います。その時に必要となる開園資金を村上さんにサポートしていただき、本当に助かっています。
村上:今、待機児童の問題がすごくクローズアップされていて、ある意味障害児の保育がすごく狭くなってしまっています。行政からのサポートが受けにくいなかで、個人や企業からの支援はすごく重要です。私は寄付という形の支援ですが、寄付をすることによって今まで見過ごされてきた人たちがちゃんと支援を受けることができるようになるので、そこはできる限りのサポートをしたいと思っています。
地元の中学生が募金活動。今、私たちにできることは?
――これを読んでいる方が何かお手伝いしたいと思った時、できることはありますか?
宮崎:以前、ヘレンの開園にあたり地元の中学生が自主的に募金活動をして、寄付してくれました。自分たちにできることは何か、それを考えてくれたことがすごくうれしかったです。中学生にできること、みなさんにできることがあると思います。園舎の提供や物件情報の提供、寄付、保育士スタッフとして一緒にボランティア活動してくれる方、ホームページなどを通じて私たちの活動をウォッチしていただくなど、それぞれにできることをやっていただけたら、とても嬉しいです。
私たちは親子の笑顔を妨げる問題を解決するということをミッションに活動していまして、どんな親子であっても笑顔でいられるように活動しています。ぜひみんなで日本の子育ての現場をよくしていきましょう!
村上絢さん
慶應義塾大学法学部政治学科卒業、モルガンスタンレー証券会社入社、その後C&Iホールディングス入社、同社代表を務め、日本の上場企業における株式投資をへて、コーポレートガバナンスを訴える。昨年、NPO法人チャリティ・プラットフォーム代表理事に就任。
現在、1歳児のママ。
宮崎真理子さん
認定NPO法人フローレンス事務局長。大手日系企業、人事コンサルティング会社などを経て現在に至る。現在、2児のママ。