声優・能登麻美子さん【第2回】声が出ていつも通りであることがありがたい。昔は背負いすぎました
前回からの続き。耳あたりのよいやさしい声で、数々の作品で活躍している声優の能登 麻美子さん。今回はお仕事と家庭の両立という、多くのママたちも突き当たるに違いない苦労についてお聞きしました。もともと家事は苦手だったという能登さんですが、子どもが生まれればそうも言っていられず……?
“いつも通り”であることのありがたさと、重みを感じるように
──「出産後のほうが働く喜びを感じられるようになった」というお話でしたが、ご自分ではどうしてだと思いますか?
能登麻美子さん(以下:能登さん):仕事場に行くまでの時間も、結構大変ですよね。赤ちゃんのときは一つひとつ手がかかる大変さがありましたが、ある程度成長して大きくなっても朝ご飯を食べさせて、身支度を整えて、「行ってらっしゃい!」と送り出す。たったそこまでのことが、これほど大変とは(笑)!
そのうえで自分自身も元気で声が出て“いつも通り”であることが、本当にありがたいというか。「おはようございます」と現場に入って仕事を納めて、出てくる。そこから無事に帰宅できたときの重みは、ひとりで生きていた頃とはまったく違います。
何をするのか、何を捨てるのかという優先順位も、日々目まぐるしく変わります。そのなかで「これだけは絶対に落とせない」というこだわりが、みなさんそれぞれにあると思うのですが。子どもの体調を筆頭に、優先順位はイレギュラーにどんどん変化していきますよね。そんななかで周囲に助けてもらい、理解をいただくこともあって。周りの方々の配慮も、心に沁み入るものがあります。
──うれしかったのは、具体的にどんなことですか?
能登さん:ほんのちょっとしたことが、すごくうれしかったりします。たとえば「ママ、お疲れさま」とか、先輩ママさんからいただく「大丈夫? ちゃんとご飯食べている?」といった体調を気にかけてくださるひと言とか。時間をやりくりする大変さも「大丈夫。一回一回のことで、永遠に続くわけではないよ」とか。ほんのひと言だけでもねぎらいの言葉をかけていただくと、心に響きます。
「いつか倍にして、恩返しします!」という気持ちでいますね。直接その方には恩を返せなかったとしても、いつか誰かに“送って”いけたらいいなと。
理想は脇に置き、ハードルを下げる。頑張りすぎないことが大事
──能登さんがお仕事と家庭を両立させるために、心がけていることはありますか?
能登さん:先日目にした女優さんのインタビューで「そもそも両立は難しい」とおっしゃっていた記事が印象に残っているのですが、私には「両立しなきゃ!」という気負いがあって。どうにか両立したいと思っていたのですが、思い描く理想像があると家族とぶつかることが増えてしまいました(苦笑)。
今は理想を脇に置き、自分が苦しくなるまで頑張らないようにしています。子どもがいると、計画通りにいかないことがどうしても多くなるので。「今日は仕事を頑張るから、家事は手抜きで構わない」とか、「今日は仕事の時間が短かったから、家事を頑張ろうかな」とか、その日その日で考えるようにしています。
──その日一日をどう乗り越えるかで、多くのママたちは精一杯ですよね。
能登さん:あとはいい意味で、ハードルを下げる。洗濯物が積んであっても食器が残っていても、大変なときや手が回らないときは「ま、今日はいいや」と。ハードルを下げれば、健やかに笑っていられるので。家のなかは多少片付いていなくても、みんなが笑っていられればいいというマインドでやっています。
「その日を無事に納める」という小さな心がけを、重ねています
──独身時代は家事にどれくらいの比重を置いていましたか?
能登さん:そもそもが軽いというか、ご飯もほとんど作っていませんでした。その時間があるのなら、仕事のことをやりたいなと。掃除も自分が不快でなければいいくらいの……(笑)。家事は苦手なタイプでした。結婚しても大人と大人なのでなんとかなっていたんですよ。
それが明確に「これではいけない」と感じたのは、やはり子どもが生まれたときです。清潔な環境を整え子どもにしっかり食事をさせることが、これほど大変なのかと。もともと家事が得意な方はそこまでの苦労ではないと思うのですが。
──“できること”に目を向けるようにしていらっしゃるとのことでしたが、それは家事・暮らしについても同じですか?
能登さん:本当にそうですね。子どもに対しても、仕事に対しても。たとえば子どもだったら「もう少し手をかけたご飯を作ってあげられたかも」「寝る前に絵本をもっと読んであげられたかも」など。その日その日で思うことはあるのですが、そうなるとタスクが無数になって自分がパンクしてしまう。仕事だったら、現場に入る前の準備に割ける時間は、出産前に比べればどうしても減ってしまいましたが、今はやれることをやれる範囲でやって、 “明日一日を、無事に納める”という心がけを、1週間2週間、1ヶ月と少しずつ重ねています。その日できることに目を向け選択をして、スローペースで生きるようになりました。
取材・編集部 文・鈴木麻子 編集・しらたまよ イラスト・金のヒヨコ