【毒親日記ケース25】きっと私は放置子……子ども時代に何もしてもらえなかった私の傷の癒し方
小学校の入学式はイヤそうな顔をしながらしぶしぶ来てくれたけれど、それっきり。卒業式も参観日も運動会も見に来てくれたことはありません。お小遣いをもらったことも、外食に連れて行ってもらったことも、一度もありません。
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子どもといっしょに温かい布団にくるまるのは幸せです。しかし子どもが寝静まったあとに、布団の中で思い出すのは子ども時代の悲しい想い出ばかり……。ダメだと分かってはいるけれど、甘やかしてしまうのは、きっと過去のトラウマからですね。
こうやって我が子を愛すことで、自分の幼少期の傷を癒せているような気がしています。
原案・ママスタコミュニティ 脚本・渡辺多絵 作画;上野りゅうじん
※この漫画はママスタコミュニティに寄せられた体験談やご意見を元に作成しています。
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