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4歳児に同性婚の是非を問われてしまいました

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「ママ、オトコとオトコ、オンナとオンナはケッコンしたらダメなんだよね?」

先だっての夕食時、突如息子から飛び出したこの質問に、正直言ってギクリとしました。
1秒足らず、私の脳内では猛スピードで様々な考え、ニュース、映像が交錯。その後に口をついて出た言葉は「ダメではないんじゃない?」というなんともぼんやりとしたものでした。

■同性同士に“ケッコン”は許されるのか?という素朴な疑問を持つまでたった半年

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そもそも「ケッコン」という言葉を覚えてきたのは今年の春、幼稚園に入園したてのころ。「ボクはケッコンしないよ、だってオトコがいい(男の子だけで遊んでいるのがいいとかそんな意味かと)から」とだけ発し、おそらく結婚の意味も理解していないままに数日でそのこと自体をすっかりと忘れたようでした。

その少し前くらいから男女に差があることに気付いた様子があり、「男の子だけでこれをやった」とか「女の子はこの言葉を言ったらダメ」など男女間に線を引くようなことを口にするようにはなっていました。段々と“子どもたち”とひとくくりにしない視点を持ち始めたのだなと思って見てはいたのですが…。

それから半年以上が経過し、くだんの質問が飛び出した前週くらいになり本格的な“ケッコンブーム”が到来。

「ママ、○○ちゃんと結婚することにしたよ」、「◇◇ちゃんと△△ちゃんからも結婚してって言われたよ」。時を同じくして連絡帳に「○○ちゃんと結婚するんだと言って、ふたりで一緒に過ごしています。微笑ましいです」と先生からの報告もあったので、母としては「あらまあ、そうか、4歳にして。これはバレンタインデーのお返しが大変だな」程度に呑気に構えておりました。

まさかそれから1週間ほどで早くも同性婚についてたずねられる日が来るなんて。
嗚呼、4歳児。あなどれません! ママ初心者としては、一気に事態が深刻化した感すらあったのです。

■「マツコはおじさん? おっぱいはある?」

時代が変わりつつある今、子どもも少なからず混乱している

質問をされた際にギクリとしたのはなぜか、それは私が知識不足だったからです。「自治体によってはね…」という細かな説明は4歳児には難しくてわかるはずはありません。とはいえ、私たち家族が住んでいる区の方針がどちらを向いているのかを知らないし、同性婚のメリット、デメリットのすべてを把握しているわけではない―自分自身が持っている情報が少なすぎて、何をどう噛み砕いて説明するのが適切かわからなくなってしまったのです。頭の中がそんな状態では世の中の変化を伝えるどころか、その変化に対して私自身がYESなのかNOなのかを語ることもできない…。

同性同士が結婚していいのか?と子どもからたずねられることもですが、そういう質問に対して、「結婚してもいいんだよ」と答える日について考えたこともありませんでした。でも今は「結婚できないよ」という回答が正しくはない時代なのです。

その日、前述のぼんやりとした私の答えを息子はすぐさま「え、ダメなんだよ!」と否定しました。目の前のパパとママはオトコ&オンナだし、先日出席した結婚式でもオトコ&オンナが祝福されていたのですから当然でしょう。

「でも男の子が女の子ではなく男の子のお友達と一緒にいたいなあと思うかもしれないじゃない。女の子同士もそう。そのときは男の子と男の子、女の子と女の子同士が結婚してもいいんじゃない?」となんとなく返してみる私。

その答え方がいまひとつピンとこなかったのでしょう、「…でもダメなんだよ…」。
その日の会話はそれで終わってしまいました。

ここのところテレビで見かけない日はないマツコ・デラックスさんにも息子は敏感に反応します。

「あの人はおじさん?」、「オトコオンナ(そんな言葉までいつ覚えた?!)?」

 

挙句、「おっぱいはどうなっているのかな?」

うん、そうだよね、なかなか鋭い視点だね、そして当然の疑問だよね。
しかしこれにもどう説明をしてあげるのが正解なのでしょうか。

■じゅうぶんな知識を蓄えた上で親は自分なりの考え方を話して聞かせ、子どもの意見も聞いてみる

子どもの「なぜ?何?」に対して返事をするとき、紛れもない事実について以外は、こちらの答えや教えに柔軟性をもたせて変容可能にしておきたいと思っています。

「それをふまえてあなた自身はどう解釈する?」と子どもの発想を一旦は尊重したいからです。私の個人的な考えを伝えるときも同様で、なるべく「私はこう考えるけれどあなたはどう思う?」という姿勢を取るよう心がけたいです。

でも、柔軟性と曖昧さは異なります。同性婚について質問されたとき、私の予備知識の引き出しは満たされていませんでした。しどろもどろな私の受け答えは息子にとっては信頼に足りなかったようで、ディスカッションに至らなかったのです。
親の言葉はときに子どもの思考や選択のヒントとなる種。
だから、同性婚やまたそれ以外何であろうとじゅうぶんな知識を蓄えておかなければいけないと反省しました。

出来る限りについて学んで私の考えもまとめておこう。次にまた同じ質問をされたなら、息子やお友達、私や知人、マツコさんの絵を描きながら「AちゃんはBちゃんが好き」、「C君はD君とケッコンしたい」「E君はFちゃんと…」なんて例え話をして反応を見てみよう。

■制度が変わる際、各自治体には子どもたちのケアも期待

たとえば今後、「世界はひとつ~」と謳う遊園地のアトラクションのようなものの構成に新しい意味合いが加わったり、幼稚園や保育園、学校などで同性婚についてごく自然に会話が持たれるケースが増えたりしていくのでしょうか。

各自治体は制度改革を推進するのと並行して、子どもたちのこうした疑問をケアする機会についても一考してくれたらと願います。あるいは、我々大人たちが子どもたちにどう話して聞かせたらいいのかについても指南してくれると心強いのですが。

ちなみに私はマツコ・デラックスさんが大好き。彼女から発せられる毒のような言葉のひとつひとつに愛、包容力、そして知が溢れているからです。

コバヤシ アサ