待機児童ゼロのカラクリとは?「潜在的ニーズをしっかりと受け止めることが大切」【明石市 泉房穂市長・第5回】
前回からの続き。数年前から保育園の待機児童が注目されています。しかし「待機児童ゼロ」を掲げながら、保育園を希望している人をカウントしていない自治体もあるようで……? これについて、明石市の泉房穂市長は「数字のカラクリを使ってゼロにしている」と言います。明石市の待機児童への取り組み、そして全国的に不足している保育士が明石市に集まる理由などについて伺いました。
全国ワースト1から待機児童ゼロを目指して
――2022年4月時点で待機児童100名になった明石市。しかし2018年は全国ワースト1の571人でした。今後の待機児童問題について、どのように考えていますか?
泉房穂市長(以下、泉市長):来年の受け入れ枠を300人増やす予定です。明石市は子育て層の人口が増えていますので、当然、子どもの数も増えていきます。保育園などが足りないのであれば積極的に増やさなければなりません。
このまちの20年後、30年後を担っていくのは、0歳児を含めた子どもたちです。子どもを預けて働きたい親がいたら、まちのみんなで支援して安全に預けられる保育園を作る。子どもを支援することは、明石市に住んでいる全員の未来を支援することになります。全国を見渡せば待機児童ゼロを掲げている自治体もありますが、私は潜在的なニーズを数えていないだけと考えています。
――潜在的なニーズを数えていないとは、どういうことですか?
泉市長:たとえば子どもの保育を申請した際に、「山奥の保育園が空いているからそこに行ってください」と言われても、保護者からしたら家から遠すぎる保育園に毎日子どもを送り迎えするのは難しいですよね。その保育園に行かないという選択をすると、行政からは待機児童としてカウントされなくなります。これが1つ目。2つめ目は、親が休職中で「入園のために必要な会社からの資料が揃っていない」と、はじかれてしまうケース。こちらもカウントされなくなります。この2つで「待機児童ゼロ」が簡単に実現できちゃいます。
――なぜそこまでして「待機児童ゼロ」にこだわる自治体があるのでしょうか?
泉市長:国が2020年度末までに「待機児童をゼロにしよう」という目標を掲げていたからです。それもあって各自治体が独自のカウントをして「うちは待機児童ゼロです」と言い出したのです。数字の上でゼロにできても、子どもを預けたい親からしたらなんのメリットもないですよね。明石市では「数字だけ」をゼロにするのではなく、しっかりと本当の数字を公にしています。
「採用後7年間で160万円を直接支給」で保育士不足を解消
――全国で保育士不足が問題になっていますが、これに対して明石市では独自の取り組みをされているそうですね。
泉市長:市で保育士として採用してから7年間で、合計160万円を直接保育士に支援しています。また、毎月の家賃負担を軽減、子どもが保育園、保育所に入園する場合は優先的にできるような策をとっています。
――働いている保育士たちの声はいかがでしょうか?
泉市長:とても好評です。保育士支援についても、明石市は全国トップレベルだと思います。明石市の特徴としては、保育士を直接支援していることです。たとえば保育士本人の銀行口座に直接160万円を振り込みます。保育園や幼稚園に振り込んでしまうと、園のお金になってしまい本人にはほんのわずかしか渡らない、ということがあるからです。
また採用から5年目までの常勤保育士が、私立保育園が借り上げたマンションなどに入居した場合、月額57,000円を上限に家賃軽減をします。トラブルなどが起こった場合にも、保育士専用の相談窓口で弁護士が支援してくれます。
――保育士の応募が殺到しそうですね!
泉市長:たくさんきますね! 近年、保育園不足・保育士不足だと言われていますが、明石市は問題ありません。
障害があってもなくても誰もが暮らしやすいまちに
――障害のあるお子さんに対しての支援などはありますか?
泉市長:明石市は子ども本人と保護者の意思を優先しているため、普通学級に通うお子さんの比率が高いです。本来なら障害のあるお子さんなどのために先生の数を増やしたいとは思っていますが、ここは国の制度なのでなかなか変えられないのです。
――障害のあるお子さんを持つ親は、将来、子どもがどのような職業に就けるのか気になるかと思います。
泉市長:所得補償というのは国のテーマなので、私が勝手に判断することはできません。ただ私個人としては、お金を稼げない人もそこに存在するだけで意味があると思っています。頑張れば報われるというのではなく、たとえば心身的な問題などで頑張りたくても頑張れない人もいるし、そういった状況もたくさんあるはずです。
私の弟も障害があったため、障害があってもなくても同じ社会で生きられるようなまちづくりを目指して活動してきました。障害を持って生まれたからといって悲観するのではなくて、社会全体で支えていけたらいいと思うんです。
小学4年生に手話体験教室を実施
――明石市では、レストランでの点字メニューや筆談ボード、スロープや手すりなどを設置するのに助成金が出るそうですね。
泉市長:「合理的配慮の提供を支援する公的助成制度」として、必要な費用を助成しています。現在、市内の400を超えるお店や施設で、点字メニューや筆談ボードが設置されています。誰もが暮らしやすいまちに進化中です。またこのほかにも、市内の小学4年生を対象に耳の聞こえない人の生活や手話を学ぶ「手話体験教室」なども実施しています。
――手話を学ぶことで、子どもたち自身の社会を見る目が変わってきそうですね。
泉市長:今まで気づかなかったまちの福祉について、子どもたちが知るきっかけになるといいですね。明石市では、多様性を尊重したまちづくりをするために、審議会のメンバーに必ず障害当事者を入れるというルールを定めようとしています。当事者目線での意見を取り入れることで、障害のある人もない人も、みんながより住みやすいやさしいまちになっていくのではないかと期待しています。
【明石市 泉房穂市長・第6回】へ続く。
取材、文・長瀬由利子 編集・荻野実紀子 イラスト・おんたま