<不登校、親の本音>せめて勉強はさせるべき?子どもに寄り添うように見えて実は焦らせている気がする

もしわが子が突然「学校に行きたくない」と言い出したら、皆さんはどのように受け止めるのでしょう。
『「学校へ行きたくないなら行かなくていいと思う。でも勉強だけはしようね」っていう教育、みんなはどう思う?』
学校へいけない。それはどうしようもないことです。無理強いさせてもいいことなんてひとつもありませんし。しかし、勉強だけは別。親としてはそう言わざるを得ないものですよね。一見、子どもに寄り添っているようで、実は親の深い葛藤が見え隠れするこのテーマ。ママたちから寄せられた声をさまざまな視点から覗いてみましょう。
勉強は選択肢を広げるための“お守り”
『せめて学力だけでもあれば、選択肢は多少なりとも広がるよね。そうなれば、勉強はしようねというのは当然なんじゃないかな』
『将来わが子がひとりで生きていくための選択肢の幅は、広いほどいいよね。学力はその最たるものじゃないかな』
「せめて勉強だけは……」。この言葉は、決してわが子を追い詰めるものではありません。将来わが子が「何かをやりたい」と思ったとき、学力が足枷にならないように。そんな親の防衛策であり、未来への“お守り”なのかもしれません。何をするにも、やはり基礎を身につけておくことは大切。義務教育の基礎学力があれば、のちに通信制高校や大学、高卒認定や専門学校など、自分に合った環境を選びなおすステップもきっとスムーズになるはずです。
大事にしたい「集団のなかでの成長」
『学校に行かないなら、協調性はどうやって学ぶの? 体育や音楽、図工も家でやる勉強に含まれるのかな?』
『学校は、集団生活の振る舞いやコミュニケーションを学ぶのが一番大きな役割。失敗が許される小中学生のうちに身につけておかないと、この先の人生がかなりしんどくなると思う』
今の世のなか、勉強は家庭でも十分できますよね。塾やオンライン教材、タブレットなど、さまざまな手段で補える時代。しかし、ママたちが本当に心配しているのは、勉強そのものよりも「集団生活のなかでしか得られない経験」についてです。失敗が許される環境のなか、トライ&エラーを繰り返しながら人とのかかわり方を学ぶ。それこそが、学校に通う大きな意味なのかもしれません。
焦らず“できること”から一歩ずつ
『どうしても学校へ行けないなら行かなくていい。だけど、みんなが学校へ行っている時間は勉強をする。空いた時間は家事の手伝いをする。精神状態にもよるからあくまで理想だけど、最低限そのくらいの生活はさせたい』
「生活リズムは崩してほしくない」「せめて勉強や家事はしてほしい」。そう願うのは、わが子を思えばこそ抱く親の本音ですよね。しかし、子どもの心が疲れ切っているときは、頭でわかっていても動けないのが現実。親の焦りだけが空回りしてしまうことも少なくありません。まずは心の回復を最優先にし、できる範囲の家事から手伝ってもらうのはどうでしょう。少しずつエネルギーが戻ってきたら、学校の時間割に合わせた生活へスライドしていく。このように、子どもの回復段階に応じて「わが家のベストなペース」を柔軟に探っていくことが、一歩前へ進む鍵になりそうです。
勉強をさせつつ、小さな“できた”を増やしていく
学校へ行けないわが子に「せめて勉強だけは」と願うこと。それは、子どもの将来を真剣に案じる親の、ごく自然な本音であり「愛情」の裏返しなのでしょう。しかし、焦ってその理想を押し付けてしまうのも禁物ですよね。ならばまずは心の回復を最優先し、できる範囲の家事など、小さな“できた”を増やしていくのはどうでしょう。周りと比べず、焦らずに。わが家だけのベストなペースを、親子で一緒に探っていけたら素敵ですね。
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文・櫻宮ヨウ 編集・荻野実紀子 イラスト・Ponko
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