<20年来の友だち>学生時代から続く友人グループで自分のイベントばかり手抜き。雑な扱いが悲しい…

20年も続く友人関係。結婚してそれぞれがママになっても続くその関係は、一見すると理想的な友情に見えます。ところがその関係は時として温かい絆ではなく、自分を縛りつける呪縛に変わってしまうこともありえるのです。みんなで集まるたびに、胸の奥がチリチリと痛むような違和感を覚えるなら……それは「危険」のサインかもしれません。
『子連れで会う学生時代からのグループ。私に関するイベントばかり手を抜かれます』
学生時代から20年以上続くグループ内で、自分に関するイベントだけが露骨に軽んじられている投稿者さん。自分の結婚式だけ友人の服装が地味だったり、誕生日の詳細を間違われたりと、違和感は以前からあったのだそう。
決定打はわが子の誕生日。他の子には盛大なサプライズがあったのに、わが子だけ「忘れていた」と言われてしまいました。「後日渡す」と言われたプレゼントも、結局誰もくれませんでした。謝罪はあっても態度は変わらず、投稿者さん本人だけでなくわが子まで雑に扱われる現状に、寂しさと悲しさが限界に達している様子がよく伝わってきます。長い付き合いゆえに悩んでいるものの、大切なわが子に嫌な思いをさせてまでこの関係を続けるべきなのか、悩んでいるようです。
そこまで雑に扱われて「友だち」なの?
自分の結婚式のときだけ、友人たちが驚くほど地味な服装で現れた。自分の子どもの誕生日だけ、なぜか「お祝い」を忘れられたり、後回しにされたりする。そのたびに投稿者さんは「悪気はないはず」「私さえ我慢すれば」と飲み込んできたのでしょう。しかしママたちからは「それはもう友だちではない」という厳しい現実が突きつけられました。
『それ、本当に友だち? ゆるーくいじめられてる気すらしてくるよ。みんなで投稿者さんをいじって団結してるんじゃない?』
『団体行動してても「はい2人ずつになってー!」でパッと2人組になれるパートナーがいないグループなら、投稿者さんは雑に扱ってもいいキャラなんだよ。誰の親友でもない』
『確実に下に見られてるね。そういうポジションというか。それでもいいならそこにいたらいいのでは?』
グループという狭い社会のなかでは、無意識のうちに格付けが行われることがあります。一見仲よく見えても、特定のひとりだけが「雑に扱ってもいいキャラ」として固定されてしまうケースも珍しくありません。20年という長い月日は、その不均衡な立ち位置をより強固なものにしてしまったのかもしれません。
わが子が悲しむ姿は見ていられない
投稿者さんがついに「付き合いをやめようか」と決意したのは、自分への無礼ではなく、わが子の誕生日を蔑ろにされたことがきっかけでした。忘れられてプレゼントも用意されず、「今度渡すね」という言葉すら反故にされる。ママとして許せなかったのでしょうね。
『プレゼントがもらえなかったのはもう決定的じゃん。「渡すの忘れた、しまった!」って思ってるんじゃなくて、もう投稿者さんたちのことが意識にないんだよ』
『自分だけならまだしも、わが子まで雑に扱われた時点で関わるのはやめる。お子さんだって何か思わない?』
『他の人も言うように、投稿者さんのほうから離れていくのを待っている感じ。これ以上縋っても惨めになるだけだし、子どものためにも離れよう』
自分への失礼は「私の器が大きければ」と耐えられることもあります。しかしわが子が「どうして自分だけお祝いしてもらえないの?」と悲しむ姿を見るのは、親として耐えがたい苦痛でしょう。ママたちが指摘するように、大人が集団で特定の子どもに対して心ない行為を繰り返すのは、もはやうっかりの域を超えています。それは相手に対する敬意の欠如であり、残酷な優先順位の現れと言っても過言ではありません。親が「大切にされない場所」にしがみつく姿を子どもに見せることは、子どもに「嫌なことをされても我慢しなくてはいけない」という誤ったメッセージを送ることにもなりかねません。
付き合いの長さに惑わされないで!
20年続いた縁を切ることは、自分の過去の一部を捨てるようなもの。とても勇気がいることでしょう。しかしママたちからは「離れてみたらスッキリした」という経験談が寄せられました。
『友情には賞味期限があるよ。私も友だちとの友情が、先日をもってして期限となりました。更新はなしの方向で』
『私も不快な言動が増えてきた15年来の友だちと最近、疎遠にしたよ。たぶんスッキリするよ』
『長い付き合いだし離れたくない気持ちはわかるけど、手放すと新しく入る、という言葉があります。今は思い切って手放すときなのかも』
『時間とともに人の生活も心も変わっていくよ。離れてみれば案外と気楽になって、新しくいいご縁があって、もっと気の合う仲間ができるかも』
「友情の賞味期限」という言葉は、一見冷たく聞こえるかもしれません。しかし人間関係は本来、お互いを尊重して高め合うためのものです。一方が一方を消費して惨めな思いをさせる関係に、しがみつく価値はありません。今までの20年に感謝しつつも、今の自分とわが子を笑顔にしてくれない関係には「卒業」というピリオドを打つ。それは逃げではなく、自分たちの尊厳を守るための前向きで優しい決断なのです。
「20年来の親友」という肩書きに惑わされないでください。大切なのは、今この瞬間に自分がその人たちといて心から笑えているかどうかです。違和感という名の心のSOSを無視し続けてはいけません。雑に扱われる場所にい続けることで、本来出会うはずだった「心から大切にしてくれる新しい友人」との縁を逃しているかもしれません。勇気をもってその場を立ち去ったとき、その空いたスペースにこそ、本当の絆がやってくるといいですね。
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