<意地悪?>幼稚園での鬼ごっこにモヤモヤ!足の速さで鬼を翻弄して泣かせちゃった子がいて…

幼稚園で友だちと楽しそうに遊ぶわが子の姿は微笑ましいもの。しかしときには、子どもたちの遊びがママたちの戸惑いの種になってしまうこともあるのかもしれませんね。
『幼稚園児の鬼ごっこで、気になることがありました』
投稿者さんが目撃したのは、幼稚園での鬼ごっこ。足の速さが平均的なAくんと遅めのBくんが遊んでいたときのことです。AくんはBくんに捕まりそうな距離までわざと近づき、タッチされそうになると全力で逃げるという行為を繰り返しました。何度も翻弄されたBくんは、最終的に泣きだしてしまったのだそう。これを見た投稿者さんはなんだかモヤモヤ……。「わざと期待させて突き放す」ようなAくんの振る舞いは、子どもの遊びとしてよくある光景なのか、それとも意地悪なのか。親としての捉え方が問われているようなシチュエーションですね。
鬼ごっこはスリルを楽しむもの?
ママたちがまず考えたのは、子どもにとって「鬼ごっことは何なのか」という点でした。大人から見れば一方的な煽りに見える行動も、子どもの世界では異なる意味をもっていることがあるようです。
『逃げているほうの子もその子なりに、鬼ごっこのスリルを味わいたいんだと思うよ。捕まりたくない・見つかりたくないというのと、捕まりたい・見つけられたいという気持ちが同時発生する状態だからね』
『鬼ごっこって、捕まらないために逃げ方を工夫する遊びだよね。工夫のひとつであって、意地悪ではないと思う。捕まったら負けなんだから、全力で逃げたり、距離が離れたら速度を緩めたり、って普通じゃないの?』
『AくんはBくんに意地悪してるわけじゃなくて、ギリギリ捕まりそうになるスリルを味わって鬼ごっこを楽しんでるだけだと思う』
足の速い子が、遅い子に対してずっと全速力で逃げ続けてしまったら、鬼ごっこは一瞬で終わってしまいます。実はわざと近づくという行為は、遊びを継続させるための工夫であり、同時に「捕まるか捕まらないかのスリル」を共有しようとするコミュニケーションの一種だと指摘されました。これを意地悪だと切り捨ててしまうのは、少しもったいない見方かもしれませんね。
親の被害者意識が強すぎると……
わが子が泣いていると、つい「相手の子が悪い」「配慮が足りない」と原因を外側に求めたくなるものでしょう。しかしママたちは、その「親の目線」こそが危険であると警鐘を鳴らしました。
『投稿者さんみたいに「相手が意地悪、配慮がない」とわが子に教え続けると、人に配慮できる子になる前にみんなに配慮を求める子にならない? 「追いつけないのは悔しかったね」くらいで、わが子がこれからどうしたいかに意識を向けてあげるのが親のやることじゃないかと思う』
『配慮を求める子というより、他責思考の子になるんじゃないかなと思う。「自分がうまくいかないのは周りが考えてくれないから悪いんだ」的な』
『その年齢から「よそはよそ、うちはうち」を教えたほうがいい。いちいち親が「あの子意地悪ね」なんて言ってたら、「自分にないものがある人は”意地悪”なんだ」って学ぶよ』
『「(良くも悪くも)いろいろな人がいる」と自分との境界線を明らかにして、適切な距離を自分で取ることを教えようよ。それすらせず、なぜわが子を弱者認定して周りに配慮を求めるのか、マジで謎』
親が「あの子は意地悪だね」と決めつけてしまうことは、わが子を「無力な被害者」という枠に閉じ込めてしまうことでもあります。世のなかにはいろいろな子どもがいます。わが子と違うペースや感覚をもつ子と出会うたびに親が相手を裁いていては、子どもは「自分に配慮しない世界は間違っている」という偏った価値観をもってしまいかねないと考えられたのでしょう。
自分で乗り越えさせる!親からの声かけとは
それではわが子が悔しくて泣いて帰ってきたとき、親はどう寄り添えばいいのでしょうか。ママたちからは、子どもの自立を促すための具体的なアドバイスがあふれました。
『親の声かけなんて「悔しいね〜、Aくん速いねえ、Bくんもかけっこの特訓だ〜!」でいいと思うけどなあ。苦手だけどこれは頑張ろうということはそれぞれあるよ』
『自分の子どもに気持ちを聞いて、Aくんに対してこだわりがないなら他で遊ぶし、足が速くなりたいなら運動の習いごとなどでアプローチするし。何歳になっても、基本的に自分に合わせて他人を変えられないからね』
『足が遅いなら遅いなりに、すばしっこくウザい動きをして逃げるとか、参加しないとか、いろいろやりようはある。いろいろな人がいることを含めて教えないの?』
大切なのは感情の処理を子ども自身に任せて、解決のための選択肢を提示することです。「悔しかったね」と気持ちを受け止めたうえで「次はどうしたい? もっと速くなりたい? それとも別の子と遊ぶ?」と問いかける。これによって子どもは「嫌なことがあっても、自分で状況を変えられる」という自信をもつようになるでしょう。
幼稚園という小さな社会は、子どもたちが初めて出会う「理不尽」の宝庫です。いろいろな子と揉み合うなかで、子どもたちは少しずつ自分の感情をコントロールしたり、相手との距離の取り方を学んだりしていきます。もし親が先回りして「合わない子」を排除してしまったら、その子は将来、もっと大きな理不尽に直面したときに立ち上がれなくなってしまうかもしれません。鬼ごっこで流した悔し涙は、決して無駄ではありません。それは自分の「できないこと」に向き合い、他者との境界線を知るための大切な”成長痛”です。
私たち親ができることは、相手の子をジャッジすることではありません。わが子が泣き止んだとき「次はどうするの?」と背中を押してあげること。その「信じて見守る」という姿勢こそが、何よりも子どもを強く、優しく育てるのではないでしょうか。
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