<ぼっち飯の最中>ママ友グループに遭遇!「え?ひとりで外食?」と言われた…可哀想と思われたらイヤ

ひとりで外食する時間は、誰にも気をつかわず、自分のペースで食べられる貴重なひとときではないでしょうか。それでも、家の近くでの「ぼっち飯」となると、少しだけハードルが上がる場合があるかもしれません。知り合いに「可哀想な人」だと思われたらイヤだな……。今回の投稿は、「近所×ひとり外食」にまつわるモヤモヤです。
『ひとりで外食する人に聞きたい。家の近くでもひとり飯する? 知り合いとかママ友グループに会っても気にしない?』
投稿者さんがママ友数人とランチをしていたとき、ひとりで来店していた知り合いのママがいたそうです。すると一緒にいたママ友が、「え、ひとりで外食? 普通する?」と口にしました。投稿者さんが「たまにするよ?」と返答したら、びっくりされたよう。それ以来、投稿者さんは近所でのひとりランチを控えるようになったそうです。とはいえ「気にしなくてもいいのかな」と迷う気持ちもあり、ママたちの意見を聞きたいようです。
ひとり上等。まったく気にならない!
まず少なくなかったのは、「ひとりで外食すること自体、何もおかしくない」という声です。近所だろうと遠くだろうと、食べたいときに食べる。それだけだと言います。
『ひとりでどこでも外食する。知り合いに会っても手を振るだけ』
『仕事帰りにひとりでご飯食べて飲んだり、家のすぐ隣の回転寿司に休日にひとりで行ったり。知り合いに会ったら「こんにちは」って普通に挨拶しておしまい』
『1人で外食するのは近所ばかりだけれど、知り合いに会ってもまったく気にしない。私も周りを見ないから気付かないし、誰に何と思われようと平気』
『前からひとり外食派だと周囲に言ってある』
他人の目を気にしすぎる人はおひとり様は向いてないとの声がありました。気にしない人たちに共通しているのは、「他人は思ったほどこちらを見ていない」という感覚です。堂々としていれば、案外それで済むのかもしれません。
近所のぼっち飯は気が引けるかも
一方で、近所は避けたいという慎重派の意見もありました。知らない人ばかりの街なら平気でも、生活圏内となると話は別のようです。
『ひとりで食べている姿を知人や友人に見られるのは恥ずかしい。喫茶店とかならいいけれど、焼き鳥屋とかたこ焼き屋にいるところは見られたくない。以前旦那に「女性がひとりで焼き鳥屋とかおかしいからやめろよ」と注意されたことがある』
『向こうはママ友複数名のグループでワイワイ店にやってきて、こっちはぼっちで食べていたら、顔真っ赤になるくらい恥ずかしいから隠れる』
ひとり外食がイヤなのではなく、「状況」が気になるという人も多いようです。お店の雰囲気や時間帯を選び、女性ひとりでも浮かないよう気を配っているのでしょう。気楽さよりも、無用な気疲れを避けたい気持ちが勝つのかもしれません。
子ども経由でバレる問題
近所ならではの悩みとして、こんなリアルな声も寄せられました。大人同士よりも、むしろ子どものネットワークが油断ならないようです。
『家の近くで行っていたけれど、「ママ、よく〇〇行くでしょう? 友だちが言っていたよ」と子どもに言われて近所はやめた。意外と見られている』
本人は誰にも会っていないつもりでも、目撃者は思わぬところにいるものです。ぼっち飯の情報は、子ども経由で静かに拡散されるのかもしれません……。
人の目を気にしすぎは損している気がする
人の目を気にして充実した時間を我慢する方が、もったいないという声も根強くありました。ひとり時間を楽しめるかは、人生の快適さに直結するのかもしれません。
『ひとりで食べている人をバカにする人とは付き合わない。ひとりランチもできないのは損している』
『食べたいものを食べたいときに食べて、満喫している。周りなんて気にしていられない』
『他人の意見に振り回される必要はない』
気にすることで失っているのは、実は自分の自由時間なのかもしれません。そう考えると、少しだけ気持ちが軽くなるのではないでしょうか。たとえ知り合いに会ったとしても、気をつかって「よかったら一緒に食べよう」などと話し掛けてほしくはないとママたちは声を揃えます。なぜならひとり時間を楽しんでいるからです。ひとりでいるのは、ひとりがいいからなのですから。
ぼっち飯上級者編「気分の揺れを楽しむ」
最後は、良くても悪くてもその日の気分を楽しむという柔軟派です。ひとりを楽しみつつ、必要以上に線を引かないスタンスが印象的でした。いい思いもイヤな思いも丸ごと「楽しい」と思うことが大切なようです。
『手を振るだけで遠慮してくれる人と、喋りたかったなと思うこともある。また別の日ではたまたま会った知り合いに、「ご一緒していい?」と言われてイヤな気持ちになることも。流されるまま相手に迷惑をかけない程度に、自分の気持ちの揺れを楽しんでいる』
『ひとりでも平気な自分が、けっこう好きだし誇らしい』
ぼっち飯は孤独ではなく、選択です。距離感を決める主導権を自分がもっていることが、心地良さにつながるのかもしれません。
自分の時間は自分で選んでいい
近所でのひとり外食は、自由と気まずさが紙一重かもしれません。気にしない日もあれば、今日はやめておこうと思う日もあるでしょう。大切なのは、「どう見られるか」より「自分がどう過ごしたいか」です。その日の気分とお腹に正直でいられる選択が、いちばん賢いぼっち飯なのかもしれません。
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