『ねずみくんのチョッキ』の著者なかえよしを先生に聞く、「ねずみくんの目線」とは
『ねずみくんのチョッキ』(1974年刊行)はなかえよしを先生と上野紀子先生が手掛ける大人気の絵本です。お母さんが編んでくれた赤いチョッキがよく似合うねずみくん。チョッキを動物たちに貸していくうちにどんどん伸びてしまい……赤いチョッキをめぐって、小さなねずみくんが動物のなかまたちとちょっとした騒動を繰り広げるストーリーです。子どもの頃に読んだり子どもに読み聞かせたりしたことのあるママもいるかもしれません。
ねずみくんはシリーズ化されて、世代を超えて愛されるキャラクターとなりました。シリーズ誕生45周年を記念して松屋銀座では「誕生45周年記念 ねずみくんのチョッキ展 なかえよしを・上野紀子の世界」が2021年6月2日(水)から6月14日(月)まで開催されます。以降は、兵庫県・姫路市、長野県・岡谷市などを巡回する予定です。
先日、作者である なかえよしを先生の合同取材会が行われ、「ねずみくん」の誕生やなかえ先生についてのお話を伺いました。
なかえ先生「僕の目線はねずみくんそのもの」
――「ねずみくんの絵本」シリーズは、親も子もどこかで見たことのある絵本だと思います。どんなことを考えて書かれているのですか?
なかえよしを先生(以下敬称略):自分のなかでいいお話を思いつくことが大切だと考えています。お話に入っていける子といけない子がいると思うので、起承転結だけではなく目でも楽しめたらと思っています。
小さなねずみくんから見るとぞうさんは大きい。世の中にはいろいろな人がいて、それぞれが個性的です。その個性を動物として表現しています。大きな口を開けて怒鳴ったり泣いたりする絵を見ながら、子どもたちが「自分はどの動物だろう」と考え、自分の気持ちを重ねてくれるといいなと思います。
――長く続けていくなかで、キャラクターや世界観など、気をつけているポイントは何ですか?
なかえ:ねずみくんはとにかくシンプルにしようと心掛けています。本当はいろいろ変えなければいけないのですが、なるべく同じことを繰り返そうと思っています。実際に僕らの生活も、毎日同じことの繰り返しであるけれど、そのなかでもちょっとした楽しいできごとがあります。そのちょっとしたできごとの感動を、ねずみくんで表現したいと思います。
――「ねずみくんの絵本」シリーズ作品の中で、印象的だった子どもたちの反応はありますか?
なかえ:特に最近、子どもたちは、ねみちゃんにとっても興味があるんだなと感じています。お手紙やメールで、ねずみくんとねみちゃんはお互いに好きなのですか? という質問が来ますよ。
子どもたちもねずみくんの絵本の空白を見て、いろいろと想像するのだと思います。ねずみくんのシリーズは、ねずみくんぐらい想像力がないと読むことが疲れちゃうかもしれないけれど、でもその中で色を感じたり心を感じたり、そういう絵本であればいいなと思っています。
――ねずみくんのお話は、どんなところから構想されているのですか?
なかえ:テレビを観たり人と会ったりしたときに、これいいなというのはメモします。ねずみくんの目線で世の中を見ていると、なんでもないようなことでもいいなと思えるし、普通だったら見逃すところに気づくことがあります。目線を変えるというのは、お話を考えるときには大切なこと。普段の生活で活かせたら、とてもすごいことになりますね。
絵本を読み聞かせるときのポイントは?
――ねずみくんの絵本を読んであげるときに、気をつけて読むといいというところがあれば教えてください。
なかえ:ねずみくんの絵本はセリフが少なく、「ねずみくんが向こうからやってきて、大きな声で叫びました」なんていう説明は一切ありません。ですから読み聞かせをされている方には、ねずみくんの表情や空白に言葉を追加していただければいいと思います。
――図書館でも読み聞かせの会が行われていますが、他にも読み聞かせのポイントはありますか?
なかえ:ぞうさんとライオンさん、ぶたさんとかで声の表現の仕方、声を変えていただくとおもしろいと思います。みんな同じではおもしろくないので、ライオンの声はライオンのように、ぞうさんはぞうさんのように。読む人の声の質や大きさを活かしていただくと、子どもたちも見ていて、本当に動物が話しているように感じるのではないでしょうか。
絵本作家なかえ先生はどんな子どもでしたか?
――なかえ先生の子ども時代は、どのようなお子さんだったのでしょうか。
なかえ:僕が子どもの頃は戦時中と戦後ですね。物がなにもない時代だったわけです。僕は田舎に住んでいたので、野山を駆け回っていた子どもでした。とにかくジッとしていないうるさい子だった。僕たちの時代は車なんて走っていない時代ですからね。そういう危ないところはなかったので、伸び伸びと育ったと思うのです。
ただ勉強はできない子でした。勉強ができなくても昔の親はあまり心配しなかったのですが、中学から高校に行くときに受験勉強というものがあります。周りの友だちが知らない間に勉強していたのにも気がつかないタイプだった僕は、一生懸命いろいろなことを覚えて試験を受けるのですけれど、覚えるということが苦手だったわけです。
僕もみんなと同じように公立の高校を受けようと思ったら、中学の先生に「なかえくんは受けなくていい」と言われました。今でも忘れませんけれども、それが人生のターニングポイントです。僕はみんなと違うのだ、普通の生活が自分には向いていないということに、ハタと気がついたわけです。
――勉強が自分に向いていないと気づいたときが転機だったのですね。
自分ができることといったら、絵を描くことと体操だけ。美術学校付属の高校に行って、日本大学芸術学部に行きました。当時は、「お前(絵で)どうやって食べていくのだよ」と言われたものですけれども。何が幸いするか、その大学で上野(紀子先生)と出会って、二人で絵を描いて楽しんでいるうちに、絵本を描くようになりました。結局、一生絵の世界で暮らせているという……。ですから勉強ができなくてよかったなと、今思うわけです。
一緒に絵本を作ってきた上野紀子先生はどんな存在ですか?
――なかえ先生は上野先生と二人三脚で絵本を作ってこられました。お二人だからできたもの、たいへんさや喜びについてお伺いしたいです。
なかえ:僕は絵が好きで絵描きになろうと思っていたのですけれど、上野の方が絵は上手くて。絵を上野に任せて、僕はお話を考えることになりました。お話を考えるのは意外と、絵の世界と同じです。絵を描くようにお話を書けばいいのですから。ですから二人だからできたというよりも、二人じゃないとできなかった。
絵本作りは実に偶然というか、不思議なぐらい向いていたと思うのですね。ですからたいへんなことって一度もないのですよ。お互いに好きなことをやっているのですから。アイデアが出ないのも、これがまた楽しいのです。出るまで考えればいいですから。たいへんというよりも、たいへんなことが嬉しい世界です。
ねずみくんを読んでいる子どもたちに伝えたいことは?
――ねずみくんを読んでいる子どもたちに伝えたいことはありますか?
なかえ:僕も子ども時代を思い返すとわかるのですが、お子さんは特に「みんなが観ている映画と同じものが観たい」ように、みんなと同じものがいいと思うこともあります。でも人と同じでいいのだろうか? と思ってくれる子になってくれるとすごくいいなと思うのです。みんながアニメや映画、テレビとかを観ているなかで、そんなに目立たないねずみくんみたいな絵本に、気がついてくれるような子がいたらいいなと思いますね。
みんなについていけないけれど、何か一つ得意なことがあるみたいな子がもし周りにいたら……。その子の得意なことを活かしてあげられるような環境を作り、親御さんや周りの人たちが見守ってあげるだけでその子は伸びるのではないかなと、今もつくづく思います。
誕生45周年記念「ねずみくんのチョッキ展」なかえよしを・上野紀子の世界
――全国各地を巡回中の展覧会で、読者のみなさまにご覧いただきたいのはどんなところでしょうか?
なかえ:これは原画展なので、ぜひ原画を見て頂きたいです。通常絵本や印刷物は、きれいに絵が出るよう印刷するために1.5~2倍以上の大きさで描くことがあります。でもねずみくんに関しては、ほとんど原寸で描いています。上野も年を取ってからは目が悪くなって、大きな虫眼鏡で見ながら描いていました。ねずみくんは鉛筆画です。鉛筆といっても1本ではなく、上野は濃さの違う鉛筆を10本以上手に持ってねずみくんを描いていました。細かい髭1本1本とか、そんなものが一生懸命描かれているというところを見ていただけるといいなと思います。
新刊『ねずみくんのピッピッピクニック』
――2021年4月には「ねずみくんの絵本」シリーズの新刊『ねずみくんのピッピッピクニック』(ポプラ社)が刊行されました。こちらに込められた、「たいせつなものは遠くに出掛けなくても、身近にあるよ」というメッセージはどのような経緯で制作されたのでしょうか?
なかえ:ねずみくんは春夏秋冬と季節で物語を書いています。春のねずみくんがないというので、春だったら遠足、そこからピクニックにしました。新型コロナウイルスが流行する前にラフが決まっていたのですけれど、今はなかなか遠くに行けなくなりました。みなさんがいつも行っている公園が、見方によってはとんでもなくすごいところだぞ、身の回りにもおもしろいことがたくさんあるんだぞということを、共感いただけるのかなと思っています。
(編集後記)
今回、インタビューに答えてくださったなかえ先生は、人と違う見方や考え方をすることも大切だとおっしゃいます。また何かに思い悩んだら、目線を変えてみることも教えてくだいました。普段、忙しいママたちも、ときにはお子さんと小さなねずみくんの目線になって世界を満喫してみてもいいかもしれませんね。
取材、文・岡さきの
Ⓒなかえよしを・上野紀子/ポプラ社