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<祖父母の危篤>可愛がってもらったのに、葬儀にも行けなかった…複雑な事情と後悔

235_ママ(単体)_猫田カヨ
可愛がってくれた祖父母が危篤との知らせを受けたら、すぐにでも駆けつけたい! と思う人も多いのではないでしょうか。そして亡くなった後も、最期のお別れとして葬儀には参列したいと考えるのが自然かもしれません。

『可愛がってもらった祖父母の危篤に駆けつけず、葬儀にも行かなかった人はいますか? どういう状況ですか?』

現実には、どれほど大切な存在であっても、最期のときに間に合わなかったり、葬儀への参列を断念したりする人もいます。そこには本人の気持ちだけではどうにもならない事情があるようです。

危篤の知らせは突然だから

「行きたくても行けなかった」と後悔の声も少なくありませんでした。

『危篤の知らせを受けても現実に動けるかどうかは難しい。親のときでさえ間に合わなかった』

『天候不良で飛行機が欠航し続けて間に合わなかった。私以上に、両親が悔しくて悲しそうな表情だったのが忘れられない』

危篤の連絡は突然入ることがほとんどです。遠方に住んでいる場合、移動時間だけでも数時間から半日以上かかることがあります。また、危篤状態が長く続く人もいれば、容体が急変することもあるでしょう。大切な人だからこそ会いたい気持ちは強いものですが、現実には本人の意思だけではどうにもならない場面もあるのでしょう。

『人が旅立つ瞬間に立ち会えないのも運命かもしれない』

悲しい場面を避けさせてくれた、と考えるママもいました。

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受験や仕事、人生の節目と重なった人たちも

自分の人生に関わる重要な出来事を優先せざるを得なかった人もいました。

『祖母が危篤になったのは受験の真っただなか。葬儀の日が受験当日だった』

『祖父が亡くなった日は国家試験の日だった。祖父も私がその職業に就くことを望んでいたから後悔はない』

受験は人生を左右する重要な出来事です。一度逃してしまえば、進路や将来に大きな影響が出る場合もあるのではないでしょうか。社会人ならではの事情もあります。

『入社一年目で担当業務を引き継いだばかりだった。責任とプレッシャーで休めなかった』

『プロジェクト責任者として大きな仕事を任されていたことが祖父の自慢だった』

こちらのママは、祖父自身が「仕事を放り出して来ることは望んでいない」と家族に伝えていたと言います。故人が応援してくれていた夢や仕事だからこそ、その思いを胸に現場へ向かった人もいたようです。

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感染症流行が生んだ、会えない別れ

感染症流行時の体験もありました。

『県外移動ができなかった』

『医療従事者だったので帰省できなかった』

感染拡大を防ぐため、家族であっても最期に会えないケースがあったのではないでしょうか。また、医療従事者をはじめ、職業上の理由から移動を控えなければならない人もいました。見送りたいのに見送れない。感染症の流行は、さまざまな人にそんな苦しい別れを強いたといえそうです。

出産や病気でやむなく諦めた人も

人生には、動きたくても動けない時期があります。

『上の子を出産したばかりだった』

『帝王切開で出産して2時間後に祖父が亡くなった』

新しい命を迎える喜びと同時に訪れた大切な人との別れ。出産直後だったため葬儀への参列を断念した人も少なくないようです。

『ムリしてでも行けばよかったと後悔している』

そう振り返ります。一方で、別のママは姉と妹でオンライン通話をつなぎ、祖父に声を届けられたそうです。

危篤を知らされなかった人たち

一方で、家族の判断によって連絡がこなかったケースもありました。

『危篤を知らされなかった』

『高齢で認知症も進んでいたので、あえて親が知らせなかった』

遠方に住んでいたり、高齢者の看取りが長期間続いていたりすると、家族が負担を考えて連絡を控えることがあるようです。

『旅行中に危篤と聞いたけれど、母に帰ってこなくていいと言われた。あれから5年、祖母はまだ病院で生きている』

危篤という言葉が必ずしも最期を意味するわけではないことも、家族を悩ませる要因といえそうです。

人間関係の事情で参列しなかった人も

なかには複雑な家庭事情から葬儀へ行かなかった人もいました。

『両親が離婚した原因は母親の不倫。母方祖母の葬儀には、母親の顔を見たくなくて行かなかった』

家族関係はそれぞれ。周囲からは理解されにくい事情を抱えている人もいるのでしょう。

大切なのは参列の有無だけではない

『会いたかったのに会えなかった』

『行きたかったのに行けなかった』

そんな思いを抱えている人は少なくありませんでした。しかし最期の場に立ち会えたかどうかだけで、その人への愛情が決まるわけでもないでしょう。たとえ遠く離れていても、会えなくても、心のなかで感謝や思い出を大切にし続けることはできます。人生にはどうしても選ばなければならない場面がありますが、そのときの精いっぱいの選択を責めすぎないことも大切なのかもしれません。

文・岡さきの 編集・すずらん イラスト・猫田カヨ

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参考トピ (by ママスタコミュニティ)
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