<里子・養子の体験談>「実の親子ではない」気にしすぎていた育ての両親。窮屈な親子関係へ…

養子として生きていくことを知った当事者たちは、さまざまな方法でそのとき抱いた気持ちを乗り越えようとしています。今回は2026年2月7日に行われたNPO法人Fine主催の「里子・養子当事者のお話を聞く会」に登壇した特別養子縁組家庭で育ったみそぎさんのお話をご紹介します。
「養子であること」を伏せられていた幼少期
みそぎさんは特別養子縁組の養子として育った29歳の会社員です。みそぎさんは生まれた日に遺棄されているところを保護され、乳児院に入所。乳児院の斡旋で2歳半の頃に養子縁組が成立しました。
現在は自身の経験や思いをブログやSNSで発信し、2020年4月には特別養子縁組家庭支援団体「Origin」を設立。当事者たちのコミュニケーションの場を作っています。現在は結婚され、1歳の娘さんもいるパパです。
みそぎさんのご両親は養子であることは近い親戚以外には完全に伏せたまま、みそぎさんに愛情たっぷり注いで育ててきました。
伏せていたのに、口をすべらせた育ての父
しかし親子関係は中学受験を控えた頃から、みそぎさんへの期待や指導でピリピリするように。そしてみそぎさんが高校2年生の頃、お父さんが「本当の息子ではないから勉強ができないんだ」と口をすべらせてしまいます。その日のうちに改めてご両親から、正式に出生の経緯を伝える「真実告知」として、養子であることや特別養子縁組制度についての説明がありました。しばらく家庭内では「養子であること」がタブーのような雰囲気がずっと漂っていたそうで、そのことがみそぎさんを苦しめたそうです。
19歳で決意。出自を辿る経験
その後、大学生で1人暮らしをしていた19歳のときに自分の出自を辿ることを決意。
自分の存在に疑問が…
預けられた乳児院を見つけ出すことは成功したものの、産みの親の詳細は何もわからないまま。自分が遺棄されたことを知ったときには「私を授かったときにこの世界に喜んだ人はいたのだろうか」という思考が頭を離れなかったそうです。産みの両親の親(祖父母)に対しても、「私を、自分の息子や娘の人生を壊す存在と思っていたのではないか」という思いがあり、自分の存在を肯定できず、精神科に通うほど追い詰められました。
思い悩んだ末に
それでもみそぎさんはこの自分の出自を辿る経験によって、思い悩んだ末に「産みの親もきっと大変だったのだろう」と受け止める度量が広がったのだそうです。乳児院の職員さんとの交流、特別養子縁組で育った仲間たちと関わることで「自分は1人じゃない」という思いも強まりました。自分の悩みをもう1人の自分が聞くように、感情や原因などを客観視して言語化や分析を繰り返したことも、みそぎさんにとってはよかったそうです。こうして出自を辿る行動が、みそぎさんの人生を前に進めたのでした。
産みの両親への思いは
ただ産みの父親に対しては、「父親がまともなら遺棄には至らないだろう」という感情から、自分が父親に似ていないことを願っているそうです。産みの母親に対しては「幸せでないと私が遺棄された意味がない」という思いから、「絶対に幸せになっていないと許さない」という強い感情を抱いていることも語っていました。
今も育ての両親とは複雑な関係だけど…
実は今も、育ての両親とは複雑な親子関係だそうです。
「実の親子ではない」気にしすぎていた両親
ご両親は「長男として家を継ぐ」という厳しい教育をしていたなか、真実告知のときに「産みの親はあなたとは他人、私たちがあなたの親だ」とことさら強調していたそう。そのことが逆にみそぎさんに「そんなに戸籍が大事なのかな」と違和感を抱かせたのだとか。またご両親は「完璧な子育てをしなくては」、「息子は養子じゃない、実の子だ」と自らに言い聞かせているように見えていたそうです。
過去の両親へ、かけたい言葉
今では「産みの親じゃないから完璧にならなければ」という思いがあったのだろうと、みそぎさんは語ります。ご両親は、夫婦間でも養子について話さないようにしていた様子。近しい親戚以外には隠し、養子縁組の会などで相談することもなく、誰にも吐き出せないことで、ご両親それぞれが苦しんでいたのだろうとみそぎさんは推察していました。
過去のご両親には「養子関係なくそもそも完璧な親なんていない」、「養子を隠さずにポジティブに捉えようよ」と声をかけてあげたいそうです。
自分も親になって経験したこと、困ったこと
みそぎさんは現在1歳の娘さんのパパ。娘さんが生まれる前は、ベビーカーを押している幸せそうなお母さんを見ると、「捨てられていない子どもは羨ましい」という思いがあったので辛かったそうです。自分の子どもが産まれたら、遺棄されたことを知ったときの苦しさがフラッシュバックするのかも……と思っていたそうですが、まったくの杞憂だったと笑って語っていました。
ただ産みの両親がわからないため、自分の既往歴や遺伝情報がわからない点だけは困るそうです。さらに娘さんに自分の何がどう遺伝しているのか、代々どんな病気の傾向があるのかもわからないため、少し心配とのこと。しかし「自分の努力ではどうにもならないことは仕方ない」という、達観した境地に至っていることも語っていました。
特別養子縁組のあと、空気感の大切さ
今は遺棄や養子について、恥だとも悲しいことだとも思っていないみそぎさん。育ての両親が「産みの親のようにならなければ」、「養子はかわいそうだ」と思うのは仕方ないことかもしれません。しかし子どもにとって、育ててくれる親は親であり、自分の出自も存在も肯定する大切な存在です。養子のことを話してもいい空気感が家庭内にあることは、親が思う以上に子どもにとってとても大事なのかもしれません。
文・AKI 編集・編集部 イラスト・金のヒヨコ
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