<英語学習は才能か>幼少期から習っていても中学校で抜かれる?地頭の良さには敵わないのかな

語学教育は子どもの性格や特性によって、早くはじめた方がいい子もいれば、焦らず必要になったタイミングではじめた方がいい子もいるでしょう。なかには、天性のセンスを持ち合わせている子もいて、習わなくても簡単な学習で語学を習得するなんてケースもあるようです。
『幼少期から英語を習っていても、中学校へ入ると結局、地頭がいい子に追い抜かれるのかなあ』
たとえばインターの幼稚園へ通っていたとか、小学生で英検の上位級を取得しているとか。幼いながら英会話や読み書きがスラスラできている子でも、地頭のよさには太刀打ちできないのでしょうか。
学校の英語と、言語としての英語は違う?
『英語って言語だから、地頭は関係ないと思う。頭がいい子は学校の成績は取れるかもしれないけど、英語が使えるのは前者だと思う。英語の上達は頭のよさより、英語を好きになれるか、なれないかが一番影響すると思う』
学校の勉強としての英語と、言語としての英語。まずここを一括りにして考えると答えが見えなくなりそうとママたち。筆者の知り合いに語学の得意な人がいます。その人は、ムリに勉強しなくてもすんなり英語が頭に入ってくるのだと話していました。簡単な会話であれば英語圏の方との日常会話も余裕でこなすほど。しかし学校の英語の成績はかなり悪かったらしいです。会話はできるけれど、文法を問われるとわからないのだそう。英語の読み書き・会話ができても、学校の授業で点数が取れないとは不思議な現象ですよね。つまり、学校の勉強としての英語と、言語としての英語は別物……なのかもしれませんね。
英語にかぎらず言語に興味をもてるかどうかでも差は出る
『エラそうなことは言えないけど、英語も日本語も言語だからいかに言語に興味をもつかどうかで差がつくんだよ。コミュニケーションを取りたいと思えば、さらに勉強しなければと本人が思うだろうし』
ママの声にあるように、語学に興味をもてるか、好きになれるかどうかも習得に関して大きく影響するようです。「好きこそ物の上手なれ」なんて言葉もありますし、自分にあっている、好きになれることには、努力できますし習得も早くなるのでしょう。これを地頭がいいかと聞かれるとまた違うかもしれませんね。もちろん、地頭がよくて語学に興味・関心があれば心強そうですが。
学校の成績を上げるだけか、英語を仕事にするか。ゴールで見え方は変わる
『最終目標はどこなんだろう。中学・高校の成績で有利にって感じなら、十分通用すると思う。でも留学する・語学力を活かすような就職を希望するとなると、ネイティブや帰国子女は強そうだよね』
投稿者さんは、中学での学校の英語学習で差が出る可能性もあると考えたようです。しかし、さらに先の未来を最終目標地点に定めていると、投稿者さんの問いかけには違った答えが出てくるかもしれませんね。
『学校の成績は、まじめに授業を受け、テスト対策の上手い子が上になるよ』
英会話の習得と、学校の授業の成績・高校受験対策とは意味も学ぶ内容も異なりますよね。試験で点数を取るための学習をまじめにコツコツ積み重ね、成果を出せていれば地頭がいい子に突然すべてをひっくり返されることはないかもしれません。
抜かれるとすれば、学習をやめたとき
『子どもによる、としか言えない。英会話と受験英語は違うから、そこで差がつくことはあるかもしれない。でも、幼少期から英語に親しんで学んできた子どもたちは、やはり英語が得意科目になりやすいよね。リスニングなんかは勉強しなくても自然に解ける。ただ、英検を取得したからもういいや、って勉強をしなくなったら追い抜かされると思よ。だから、一概に成績が上になる下になるとは言えないんじゃないかな』
ママから寄せられたこの答えが、しっくりくる回答な気がしませんか? たしかに圧倒的なセンスや才能を目の当たりにしたとき、「努力ってなんなんだろう」と落ち込むことはあるでしょう。しかし、積み重ねてきた努力なくしては成し得ないことも世の中にはいろいろあります。ですから、努力と才能を同列に考えてしまうことは意味のないことかもしれません。早期教育で語学の才能を発揮できる子も入れば、ある程度の語学学習の基盤が整った状態から、目覚ましい発展を遂げる子もいるでしょう。センスも才能もあるのに語学が好きになれない子だっているはず。だからこそ「子どもによる」のでしょうね。どちらがいい・悪いではなく、わが子にあった語学教育を考えてみませんか?
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文・櫻宮ヨウ 編集・荻野実紀子 イラスト・Ponko
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