<加害者ママと仲良し>保育園でのトラブルに謝らないママ友。一緒にいると自分まで悪く思われるかも

保育園は子どもが初めて経験する「社会」。毎日いろいろな事件が起こります。子ども同士の衝突も日常茶飯事ではないでしょうか。些細なことならば「子ども同士のことだから」と笑って流せるかもしれませんが、もし相手の子どもにけがをさせるようなことがあったら、それは大きなトラブルに発展しかねません。
『保育園でお友だちにけがをさせたら、相手の親に謝る?』
今回の話は、投稿者さんご自身の話ではないのだそう。同じ保育園に通うママ友の子どもが、かんしゃくを起こしてお友だちに引っかき傷を負わせてしまったと話してくれました。今回トラブルになっている親子(2組)は、お互いに顔も知っていて挨拶を交わす程度の仲。加害者側・被害者側の双方が、保育園から名指しで報告を受けていて、トラブル相手のことも、何が起こったのかも知っている状態です。しかし加害者のママ友は「子ども同士のことでお互いさまなんだから、謝罪なんてしなくていいでしょ」と考えているのだそう。投稿者さんは「自分だったら謝る」と考えているからこそ、このママ友の考えに疑問を感じています。投稿者さんは今回の加害者のママ友とは仲がいいこともあり、どこか居心地の悪さを感じていると話してくれました。
これは「謝る一択」じゃない?
『迷わず謝る。保育園から名指しで報告ってことは、そういうことだし。謝らない選択肢なんてないでしょ』
『普通に考えたら謝るよね? 「保育園は何も言わないから」ではなく』
『謝らない選択肢ある? けがをさせたことに対しては普通「すみませんでした」くらい言うよ』
『名前を知らされてるのが答えじゃないの? 日常の些細な出来事の範囲なら、不自然でも名前は伏せて話すよ』
園側が双方の親に名前を伏せずに報告するということは、それが単なる「よくある小競り合い」の域を超えているというサインでしょう。園が親同士での話し合いを促しているともいえる状況で「お互いさま」と片付けるのは、親としての責任放棄に他ならないとママたちは考えたようです。謝罪を拒む親は自分のプライドを守っているつもりかもしれません。もしくは本当に「謝罪など必要ない」と思っているのでしょうか。いずれにしても客観的に見れば、この状況下では「事態の深刻さが理解できていない親」というレッテルを貼られかねないでしょう。
けがをさせて謝罪なしの親にイライラ
『うちの子が幼稚園児のとき、やんちゃな子にいつも絡まれてた。流血して救急車で運ばれたこともあるんだけど、面識ある加害者のママから謝罪なくてイライラしたの思い出した』
『加害者の子の親って「うちの子はやんちゃ」「子ども同士のことだから」って逃げる。子ども同士は謝って許したってことで園から説明があったけど、相手の親は「えーそんなことしたのぉー」だけで、私たちに「ごめんね」すらなかったのはムカついた』
『やんちゃな男の子にグーパンチされた。相手の親に「子ども同士だしお互いさまよね? 嫌なら近寄らないで」って言われた。「それ、加害者の親が言う?」って思ったよ』
実際にけがをさせられたママたちからは共感と怒りの声が寄せられました。謝罪がないこと、あるいは「お互いさま」という言葉を強要されることへの激しい怒りが伝わってきます。被害側の親にとって、わが子の傷は痛々しい現実です。それに対する誠意ある言葉がないことは、けがそのものよりも深い精神的苦痛を与えるでしょう。「やられたほうはずっと忘れない」という言葉も頷けます。一瞬の判断ミスが、卒園後まで続く悪評の種になる可能性があるのですね。
『原因はなんであれ、けがをさせたほうが悪い。傷を残すようなけがをさせたほうが負け』
『押し倒したり、血が出ないようなけがでも危険だわ。何でも「お互いさま」ではない』
こちらのママたちの言う通り、原因は何であれ「けがをさせてしまったこと」に関しては謝罪が必要でしょう。「子どものやること」「お互いさま」というのは魔法の言葉ではありません。なんでもそのひと言で許すのは無理があるでしょう。
周りからは加害者ママと同類だと思われる?
「一緒にいる私まで周りから冷ややかな目で見られている気がする」と話す投稿者さんに、ママたちからは「当たり前」との声が浴びせられました。
『そりゃ冷ややかな目で見られて当たり前でしょ。一緒に居る=同じような考え方の人、とは思うよね。親の躾、指導ができていないと判断して、子どもには近寄らないように言うと思う』
『非常識で価値観の合わないママ友に違和感が拭えず、私は離れたよ。投稿者さん自身がどう感じてどう思うかだよ。私なら付き合いきれなくて距離を置く』
『粗暴な子どもの親ほど「子ども同士のことで」って言って逃げる。投稿者さんも周りの人からは無責任な母親と同類と思われているかも』
「類は友を呼ぶ」とはよく言ったもので、不思議なことに人間は同じような考えの人同士で集まるもの。つまり加害者のママ友と仲よくしている時点で、周りのママたちからは「同じような考えの人」とジャッジされているかもしれません。非常に厳しい指摘ではありますが、これが現実なのでしょう。
園でのトラブルにおいて、謝罪は単なる儀式ではありません。「うちの子がご迷惑をおかけして申し訳ありません」というひと言は、相手への配慮であると同時に「私はこの問題を重く受け止めており、次はさせないように努力します」という親としての覚悟の表明でもあります。そうした過程を経てこそ、相手から「子ども同士のことですから」「お互いさまですから」という言葉が聞けるのではないでしょうか。
誠実な対応をすることで、たとえ子どもが失敗をしても「あの親御さんはしっかりしているから」と周囲の理解を得られることもあります。逆に一時の気まずさから逃げて謝罪を怠れば、その代償は孤立という形で自分や子どもに返ってきます。誠実な謝罪こそが、子どもと自分を守る盾になりうるのでしょう。
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