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「おい、ぼうず、静かにしろ。」目の前で息子が見知らぬ男性に叱りつけられた!

それはお正月が明けてそう経っていない平日の夜の電車内でわが子に向けて発せられた、

ひとこと。

見れば、上質そうなコートに身を包み、中折れ帽をかぶった50代半ばと思しきおじさま。

時は20時台だったが、頬をほんのりと染め、仕事を終えてから“一杯”経由して、帰宅の途に着くところだろうと想像できる。

彼だけではない。この時季、この時間。車内は新年会帰りのたくさんの人が乗り込んでいた。

■混んだ電車内でワガママを言う息子をおじさまが一喝。

こちらも同様、アメリカから一時帰国している大学時代の同級生と会う約束があり、いつもより少し早い時間に降園したその足で子連れの夕食と相成った帰り道のことだった。

男児は誰もが電車好き。いつものとおり、乗車した途端に「外(車窓)が見たい」と騒ぎ出した。しかし車内はなかなかの混雑ぶり、満席。100cmちょっとの彼の身長では大人に埋もれ、その願いは叶わない。しまいには「抱っこして」と言い出した。

しかしこちらは仕事の荷物、園の荷物を抱えているし、何より周囲の人々と互いの体がこすれあいそうというほどには高密度の車内なのだ、抱っこなどできるわけもない。

「荷物があるから抱っこはできません」、「静かにしなさい」、「きちんとママにつかまって」とぴしゃりと返す。

しかしそれで敵は納得するわけはない。「やだ、見たいー」と駄々をこねだした。

そこでくだんのひと言がくだるのである。

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「おい、ぼうず、静かにしろ。」

■息子、赤ん坊時代には有名店の店長に「うるせーなー」と怒鳴られたことも

私は元来、理不尽な態度を取る相手を見ると黙っていられない性質である。

わが子が0歳当時、東京の西のほうでまあまあ有名なピザ屋へ出かけたときもそうだった。

赤ん坊がOKか、ベビーカーでの入店、そのままテーブルにベビーカーをつけておくことができるか、そのスペースはあるのか、店内は混んでいないかなどを事前に電話で確認し、
すべてに店側の了解を得てから出かけたのにだ。
いざ席についてオーダーをしようとメニューを見ていた時に事件は起きた。

喃語を話し始めたばかり、それが嬉しいのか「あーあー、うーうー」とひっきりなしに話すわが子にピザ職人でもある店長が調理場から叫んだのだ。

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「うるせーなー、黙らせること、できねーのかよ」

私もほうったらかしていたわけではない。

言葉に満たない赤ん坊の声は近隣のテーブルには耳障りになったり、気になったりするかもしれない。だから別のことで気を引いてみたり、目を見て話しかけたり、膝に乗せたりとわずかながらもできることは努めていた。

「だからなんだ」と言われればそれまでであるが、わが子以上に大声で盛り上がる大人たちのテーブルもあったのだ。

そもそも事前にすべてを確認したじゃあないか、あれはなんだったのだ?

なぜ、吐き捨てるようになじられなければならない?

その想いは、「ちっ」という店長の舌打ちで爆発した。

そうなれば黙っていられるわけがない。

店長ににじりより反論した(怒鳴り返したというほうが正しいか…冷静にですが。苦笑)。

だいたい赤ん坊を前に、もっと言えばお客に対して

「うるせーなー」はないだろう!

だったら最初から「赤ん坊と子どもはお断り」と言え!! (注:←この言葉遣いで申したわけではございません!)

で、ピザをオーダーすることもなく、退店。

二度と店には近づいていない。

ぐるなびに何度書き込もうと思ったことか…。

脱線いたしましたが、もとい。

お正月明けの車内ではどうだったかというと…、

周囲が凍りついた?

いえいえ。

そのぼうず(わが子)が泣き出した?

ちっとも。

結果的にはわが子はそのひと言で静かになったのだが、

それはそのおじさまを怖がってというわけではない。

状況を理解し、聞き分けよく

“おりこうさん”になったという表現が正しいだろうと思う。

周囲の皆も「面倒くさそうだぞ」などと見て見ぬふりをするのでもなく、

何なら微笑ましく様子を眺めているような、ちょっとほっこりとしたムードになったのだ。

私にいたっては、おじさまに感謝したくらい!

ご本人から「よかったでしょうか? 時にはこういうふうにおやじがガツンと言わないとだめかなと思いまして」とおことわりまでいただいたので、

「そうですね、もちろんです。ありがとうございました」と敬礼した次第である。

■句点で結ばれた、威厳のあるひと言の凄み

おじさまと店長はもう、声質からして異なっていた。

前者は厳しく諭す太い声。

対して後者は吐き捨てるようなからむ声。

おじさまのひと声は決して優しいものではなかった。

唐突だったし、小さな子はギクリとはしただろう。

それでも嫌な余韻は皆無。

甘えも言い訳も許さない、威厳のようなものはあったけれど、

一喝して、尾を引かない。そんな感じだった。

必要なことだけ。それ以上でも以下でもない。

まさに句点で結んだ響き。

「しずかにしろ」ではなく「しずかにしろ。」

だからこその凄みと威力があった。

店長の声にはあからさまな嫌悪感があった。

店内にいるほかのお客様への配慮から出た言葉だったのかもしれない。

ただやはり筋が通っていないし、こちらへの伝え方には問題があり、共感しかねるものだった。

私自身ママだとは言え、

通路の真ん中で何の遠慮も配慮もなくベビーカーをどんと構えたまま微動だにしない親を見たら、注意をしたくなる。

子どもがいるとかいないとかそんなこととは無関係にマナーの問題だからだ。

だから、店内で子どもが声を出すのは仕方ないじゃないかとは決して思っていない。

事情が違っていたら、こちらも注意を受けて当然というケースになることもじゅうじゅう承知している。

何はともあれ、そのおじさまに躾の真髄を教わった夜だった。

彼が粋だったのは、その後やや車内が空いたタイミングで

「おい、ぼうず、こっちへ来い」とドアの近くに呼び寄せてくれ

「今なら外が見えるだろう」と気にかけてくれたことだ。

彼のほうが先に降車して行ったのだが、その際にも

わが子と手を振り合い、“タッチ”までして別れの挨拶をしてくれた。

その日、ベッドに入ったときにわが子におじさまが怖くなかったのかとたずねてみた。

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「怖くなかったよ、いい人だってわかった」

「電車が混んでいるときには我慢しなくちゃいけないことがあるのもわかった?」

「わかった」

おやじの威厳は伝わるものである。

 

 

コバヤシ アサ


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