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命には終わりがあるのだということを子どもにいつ、どう伝える?

いざ育児がスタートしてみるとみるみると体力を消耗し、「ママ雑誌に書いてある素敵ライフなんて嘘ばっかりじゃない!」と同業者を疑ってしまうほどにやつれ、ヘトヘトな日々へと転落。そんなママの現実・本音を吐露しつつ、それでもお猿のように元気すぎる男児のおかげで広がった行動範囲や初体験などにも触れながら、みなさまと育児にまつわるエトセトラを分かち合えたらと思っています。

3歳にして悲しい別れが連続した今年

さて、2015年もそろそろ終わろうとしていますが、今年は続けざまに悲しい別れがあり、様々な意味で忘れがたい1年となりました。
世のママたちは、命あるものがいつかは死にゆくのだということをどのタイミングでどのように我が子に伝えているものなのでしょうか。私の場合、それについて思案するにも至らぬうちに、そのときはあまりにも突然に訪れました。

毎日のように顔を合わせ親しくさせていただいていた方とのお別れ。
そして息子にとっては兄も同然、家族である15歳の愛猫との別れ。

身近すぎて取り繕おうにもうまくいくはずはありません。それに大切な相手だからこそきちんとお別れをしてほしい、家族だからきちんと見送ってあげてほしいという親の想いもあり、悩みに悩んだ末に、事実を出来る限り息子にも伝えるという選択をしました。

そのとき息子はまだ3歳。彼自身は言葉も早かったですし、むしろ達者な方でもありますが、悲しい話を100%理解するには幼すぎます。「病気と頑張って戦ったのだけれど少し疲れてしまったんだって。そうしたら神様が『お空に来てゆっくり休んでいいよ』って言ってくれて、お空へ行くことになったんだよ」というふうに話してみました。

子どもからは「なぜ?」の嵐。親も涙を隠さず、悲しみを共有

「どうしてご病気と闘ったら疲れるの?」、「お空には飛行機で行くの?」、「いつ帰ってくるの?」、「どうして目を開けないの?」、「箱に入っているけれどあれはロケット?」…。こちらが話して聞かせた分を上回るほどに、子どもからの「なぜ?何?」攻撃は容赦なく続きました。私自身も悲しくてたまらないそのときに、これはなかなか応えるものです。ですから早い段階で私も子どもの目の前で涙を我慢するのを止めました。息子にも悲しいという感情を自覚してほしかったし、またそれを親子で共有したほうがいいだろうとも思えたからです。抑えられないときにはその悲しみを抱え込まずママやパパやまわりの人たちに伝えていいんだからねということも知ってほしかった。

「飼い猫は猫バスになった」と子どもなりに結論付けた息子

愛猫を火葬するためお寺に出向いたとき、息子はそれまで溜まっていたものを吐き出すように号泣しました。あの大きなぶ厚いドアの向こうに続く暗い空間に入ってしまったらもう猫は戻ってはこない―差し迫る現実に慌て、「お空に行って欲しくない!」と泣き叫びました。しかし驚くことに、泣きながらも「あそこが空港なの?」、「これからロケットが来るの?」、「おじさんが赤いボタンを押していたけれど、そうするとロケットが発車するの?」とこちらも気付かなかったような細かなところまで観察し、答えを探していたのです。お骨あげへとふたたびさきほどの場所に戻れば、「なんで○○(猫の名)は骨を脱いでいったの?」、「わかった! お空に行くときには“違う形”になるからじゃない?」と。

すべてを彼に伝えようとしたことがよかったのか否かしばらく答えの出ない日々が続きました。

やっぱり話してよかったのだと思えたのはそれから1か月以上経ってからのことです。ある日、息子が唐突に「わかったよ!」と私に走り寄って来ました。

 

「○○はさ、(『トトロ』の)“猫バス”になったんじゃない?」

一瞬わけがわからない私…。

「猫バスになったから骨を脱いでいったんじゃない? 」

ああ、なるほど! たしかに“猫バス”は体が乗合バスになっているので、骨はなさそうです。あの日、「違う形になる」って言っていたものね。
お別れをしたことを忘れることなく、何度か「夜はお空が真っ暗だけど、○○は歩けるかな?」「◇◇さん(先立たれた友人)が一緒に寝てくれているよね」など空を見上げては口にしていた息子。その間も親の説明では補い切れていない部分があったのでしょう。子どもなりに考え、欠けた部分を埋め、点をつないで線=ストーリーにしていたのです。

ああでもない、こうでもないと頭を悩ませ、結果、“猫バス”という結論で腑に落ちた。

「きっと、○○さんのことも乗せてあげているよね!」

相手が幼くてもごまかさない。理解できない内容があってもいい

息子が通っている園に児童福祉・児童心理に精通した先生がいらっしゃいます。その方にもこのエピソードを伝えご相談する機会がありました。先生が仰ったのは「相手が幼くても決してごまかさないことが大切」だということです。「理解できないことも含まれるだろうがそれでよい。それでも噛み砕いて向き合って説明をしてあげるべきだと思いますよ」と。

非常に繊細な内容ですし、ケースが変われば我が家でもまた別の選択をするかもしれません。子どもの年齢や性質、状態、タイミングなどによって何につけ親は臨機応変な対応を迫られます。

想像力逞しく、思考し続ける子どもたち。だから丁寧に生死を説いてみる

先日、飛行機に乗ったときには窓の外を眺めながら「○○はどこかな? お腹が空いたら雲を食べているのかな」とつぶやいていた息子。親がうっかりと忘れている一瞬も、子どもは決して考えることを諦めないものなのでしょうか。

親は疲れや面倒臭さを理由に、つい“ながら返事”をしてしまうことがありますが、子どもはどんなひと言も聞きもらさずに真剣に受け止めているに違いありません。知っている情報と情報とを繋いでみることで物事の辻褄を合わせようとするなんて、大人顔負けの努力もやってのけたのです。あのとき何かをごまかして事実と異なる話をしていたら、かえって混乱させていたかも。もちろん愛猫は猫バスになったわけではありませんが、それは彼が「死とはどういうことなのか」を学んでいく過程で編みだした3歳児なりの解釈。いまそこを訂正する必要はないと思っています。

子どもたちは大人の想像をはるかに超えるスピード感で吸収、成長しているようです。

育児とは向こう20年、いやもっと続く真っ向勝負。私は自らの体力の衰えに不安を覚えつつも、手綱を締め直した次第です。

 

文・blackcat イラスト・善哉あん

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