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今井絵理子:第1回 5歳で歌手を目指し、12歳の時にSPEEDでデビュー

今回のママスタタレントコラムにご登場いただくのは、今井絵理子さんです!
12歳でSPEEDのメインボーカルとしてデビューし、ミリオンヒットを連発していた10代。
SPEEDの解散後もソロで音楽活動を続ける中、20歳で結婚をし、21歳で1児の母となった彼女ですが、産まれてきた息子さんには「感音性難聴」という聴覚障害がありました。
現在、シングルマザーとしても頑張っている今井さんのインタビューを全8回に分けてお届けします。

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■今回は、ママスタのコラムにご登場いただき、ありがとうございます。たくさんお話をお聞きしたいと思うのですが、まずは沖縄で過ごした少女時代について聞かせてください。
今井さんが歌手を目指したのは何歳の時ですか?

私が歌手を目指したのは、5歳の時です。
その当時、工藤静香さんや中山美穂さんをテレビで見て「あぁ、こんな華やかな世界があるんだ」と憧れを持ったのがきっかけです。
それが5歳だったというのは、すごく覚えていて「こういう世界に行ってみたいな」と思いながら、工藤静香さんの振り付けを真似しながら歌っていたのが私の少女時代です。

■タレント養成所に入ったのは何歳の時ですか?

小学校2年生の時に、タレント養成所に入りました。
私5歳の頃から沖縄のいろんなところで開催されるカラオケ大会に出まくっていたんです。歌うことが大好きだったので、地元でカラオケ大会があれば絶対参加していて、それを見に来ていた養成所の校長先生がスカウトしてくれたのがきっかけです。
小さい頃から歌って踊るというのは、その頃から変わっていないですね。

■養成所では、どんな風に歌や踊りのレッスンをするんですか?

このタレント養成所がすごく面白いシステムで、先生という人達がいないんです。
生徒は、先輩から歌や踊りを教えてもらうんです。
私たちは、安室奈美恵さんや女性4人組グループのMAXさんからいろんなことを教わりました。
本格的な歌のレッスンをしていたわけではなくて、部活のような感じで養成所に行くと、先輩からいろいろなことを学ぶというところでした。

■養成所では、いつ頃からSPEEDのメンバーと一緒だったんですか?

SPEEDのメンバーの中では、養成所に入ったのが一番遅かったのが私なんです。
1歳年下のヒロは3歳から養成所に入っていたので、古株だったので、年下だけど先輩で、最初は超怖かったんですよ(笑)

■今井さんにとって、養成所に通うというのはどんなことでしたか?

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沖縄って娯楽が少ないので、遊びにいくような街もないし、遊ぶところもないんですよね。だから、養成所に行って歌や踊りの練習をしている日々はとても楽しかったです。

■SPEED結成は、どのような流れで決まったんですか?

小学校6年生の時に、東京から養成所に今の事務所の方が来て、歌と踊りを見てもらったことがあったんです。その時には4人でデビューということが決まったんだと思います。
東京に行くとか、デビューが決まったという事は親が説明を受けていたので、私たちは東京に行って、テレビに出て歌を歌うんだ!というくらいの意識でしたね。

■SPEEDという名前は、どのように決まったんですか?

当時、日テレの「THE夜もヒッパレ」という番組に個人名で出演していたんですけど、その番組の中でグループ名を公募したんです。
たくさん来た中から、SPEEDという名前に決まりました。

■5歳で夢見た「歌手になる」という夢を叶えて、初めてテレビで歌った時のことは覚えていますか?また、どんな気持ちでしたか?

初めてテレビの収録に行った時のことは、すごく覚えているんですけど、「八百屋みたいだなぁ」って思ったんです(笑)
スタッフの方が「お疲れ様でーす!」「おはようございまーす」って、大きな声で挨拶をするので「市場みたい」と思ったのを覚えています。
夜でも「おはようございます」って言うんだなとか。
子どもだったから、緊張をするというよりは「がんばろう!」「精一杯表現しよう!」という気持ちの方が強かったですね。

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SPEEDとして活躍していた今井さんは、当時中学生。
5歳で夢見た歌手という夢を叶え、日本一忙しい中学生として活躍されていた今井さん。
次回は、SPEEDとして活躍されていた時のお話を伺っていきます。お楽しみに♪
(取材・文:上原かほり 撮影:chiai)