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ユージ:第4回 全ては母が僕のためにしてくれていたことだったんです

第4回目となる今回は、不良としての自分から脱却するためにアメリカに渡った19歳のユージさんのお話をお聞きしていきます。

■19歳の時に、再びアメリカに行かれるんですよね?

はい。10代をずっと不良で過ごしていたんですけど、心のどこかで「こんなことはもうやめたい。でも、どうしたらやめられるんだろう」っていう気持ちがあったんです。
ただ、まわりには悪い友達もたくさんいるし、環境的には抜け出せる状態ではなかったんです。
だからこれから先どうするかってなった時に、とことん悪い道を極めるか、一度日本を出てリセットするかの2つの道しかなかったんです。
そんな時、ある人にアメリカに行くことを薦められて、「俺、そういえばアメリカに家族がいたなぁ」と思って、19歳でアメリカに行ったんです。

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■その時も、生まれ育ったマイアミに行かれたんですか?

そうです。そこで、5歳の時から会ってなかった父親との生活が始まるんです。
それで小さい頃のように、父親、おばあちゃん、親戚がたくさんいる生活が始まって、それがすごく温かかったんです。
アメリカ人ってフランクだから、ハグしてキスして僕が来たことを全身で大歓迎してくれるんですよ。僕と挨拶するのに行列ができたりして。
「なんだこれは!」と思うんだけど、久々にハグされる感覚とか、「僕にも家族がいたんだ!」という気持ちが僕のことをすごく癒してくれたんですよね。
日本でずっと悪さをしてヤンキーをやってることに正直すごく疲れていたから、アメリカで生活を始めて「ヤンキーじゃなくて良い」という状況になった時に、すごく心が軽くなってオープンになったんです。

■離婚したお父さんの所へユージさんが行くことを、お母さまは反対しなかったんですか?

最初、僕もアメリカでお父さんと生活するとは思ってなかったんですよ。
お父さんとは5歳のときからほとんど交流がなかったし、僕はただアメリカに行けばおばあちゃんや親戚もいるしなんとかなるだろうと思って旅立ちました。
そうしたら空港でお父さんが待っていたんです。

結局、お父さんとは一年間いっしょに暮したんですが、僕が日本に帰る直前に、実は僕がアメリカ行くこと、お父さんと生活することは、全て母が用意してくれたんだと、お父さんに聞かされたんです。
日本で「この先どうしていいかわからない!」となっていた僕に、「アメリカに行きなさい」と母が言っても、その時は僕はそれを素直に聞けるような状態ではなかったんです。
だから、知り合いに頼んで僕にアメリカに行くように伝えて、アメリカでの生活に困らないようにお父さんに連絡をしておいてくれて、さらに毎月の生活費をお父さんに送ってくれていたんです。
だから、お父さんが買ってくれていると思ってたプレゼントもご飯も洋服も全て、母が日本から仕送りしてくれていたお金だったんです。
もし、母が僕に直接お金を渡そうとしていたら、僕は「要らないよ!」って絶対受け取らなかったと思うし、母もそれをわかっていたから、何もしていないように振る舞っていたんですね。
でも、実は全ては母が僕のためにしてくれていたことだったというのを知ったんです。

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■それを知った時、お母さんのことをどう思いましたか?

アメリカで生活するなかで、僕の中の荒れていた部分がどんどんなくなっていき、気持ちがリセットされて、日本に置いてきた母親のことを心配する気持ちはあったし、自分が母親に対してしてきたひどいことを思い返したりはしていたんです。
そういう状況で母が僕にしてくれたことを知ったので、悲しくて泣いてしまいました。
母は僕のことをちゃんと思っていてくれたんだなということに、その時初めて気づいたんです。
僕はずっと母に愛されていないと感じていたけど、母はずっとちゃんと僕のことを愛してくれていたんだなぁと。
愛情として受け止められなかったけど、実は母からはたくさんの愛情を与えられていたんだなぁと、その時に初めて理解できたんです。

■お母さんの愛情は深いですね!

ほんと、あんなにひどい息子によく耐えてくれたなと思いますね。それは本当に感謝しています。今ではめちゃくちゃ仲良しなんです。
僕の人生が変わったのはそこからですね。

ユージさんの人生を変えた19歳から1年間のアメリカ生活。
この時にお母さんの愛情を知り、愛されていたことを知ったユージさんは、その経験を活かして現在2児の父として、イクメンの日々を送っていらっしゃるんですね。
それでは次回もお楽しみに。
(取材・文:上原かほり 撮影:chiai)