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働くママのせいで子どもが睡眠不足に?!問題はそこじゃなくない?

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子どもの睡眠不足問題。環境省の調査で10時間以上の睡眠が望ましいとされる3歳児の約7%が睡眠時間が10時間未満という結果があります。睡眠不足は学力低下や肥満リスクにもつながる……ということで、子育てでは非常に気になる問題。ママスタでも反響は大きく、「寝かせたくても寝ない」「お昼寝をしてくるから夜は寝ない」など「本当はもっと寝かせたいけど……」というママたちの切実な声が伝わってきました。

働くママが増えたから子どもが眠れない?

この調査結果を、ある夕方のニュース番組が取り上げました。番組では、3歳児の約3割が夜10時以降に寝ていることがクローズアップされ、その最大の理由として「働く母親が増えたこと」が挙げられ、母親の労働時間が長いほど子どもの睡眠時間が短いというデータとともに紹介されたのです。私も働く母親の一人として、とても耳の痛い話です。そして問題解消への取り組みとして、ある中学校で行われている睡眠教育(眠育)の取り組みが紹介されていました。こうして見ていると、「ふーん、そうか」と思ってしまうニュースですが、この報道に全国の働くママが怒りの声を上げました。

正直、私も「あれ?問題はそこじゃなくない?」と思いました。

寝かしつけはママの仕事?

なぜワーキングマザーたちが怒ったのか。まず私を含め、ワーキングマザーの多くは自分が働くことで子どもが不健康になったり、ストレスを抱えることに非常に敏感です。それは、今のママ世代がちょうど専業主婦全盛期の母親を持ち、自分の育った家庭と自分が築いた家庭の違いに戸惑っている世代であることがあるでしょう。さらにまだ日本社会に根深い3歳児神話があることなど、理由は想像するに難くありません。そんな葛藤を毎日抱えながら、会社では自分だけが早く帰ることに罪悪感を感じ、帰宅しては子どものお世話やメンタルケアに罪悪感を感じ……必死に過ごす毎日なのです。そこへ、働くママを責めるようなあの報道の仕方。それは怒りを買うのも仕方がないのではないかなと思います。正直私は「家に帰っていないようなディレクターが作ったのだろうな」とさえ感じました。

だって本当の問題は「働くママ」ではなくて、「日本社会でいまだ常態化している長時間労働」にあるのですから。X(旧Twitter)では「ママの労働時間が問題なら、シングルファザーの家庭は十分に睡眠が取れているのか」とか「寝かしつけはママじゃなくてもできるはず。パパが寝かせれば良い」など怒りの声が上がり、シェアされ続けています。

問題の根源は日本の長時間労働!

「我が家ではパパはいつも帰りが遅いから、寝かしつけなんてしたことない」そんなママも多いでしょう。でも、ちょっと待って。パパが働く会社にワーキングマザーはいませんか?これから出産するかもしれない若手の女性社員はいませんか?

いまのママ世代は1986年の男女雇用機会均等法以降に就職した世代。働き続けている人たちは特に「総合職」で採用され、出産するまでは男女差なく働くことが普通の世代です。ところが産休・育休を経て職場に戻った途端に、男性は長時間労働、ワーキングマザーだけ特例的に残業なし……といった働き方になることが多いですよね。男性はパパになっても当然のように残業をしているから、特例的に認められたママだけが早々に帰宅して夕食や寝かしつけをしているのです。

そんな生活だから、会社で求められる男性と同じ働き方ができないことに罪悪感や責任感を感じて、無理をして残業をこなしてしまうママも多いのは事実。つまり女性の長時間労働だけを解決しても、結局ワーキングマザーは「仕事での罪悪感」を感じ続けなければならないのです。だから本来はママだけでなく、同じ職場で働くパパを含む男性(または独身者)の長時間労働も問題、つまり日本人の働き方の問題とすべきでした。ところが前述のニュース番組ではあまりにママ側に責任を押し付けた報道となってしまいました。

「女性活躍社会」の陰にある「家庭での男性活躍」に期待!

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一方で育児に専念しているママの中にもパパの長時間労働に悩んでいる人も多いのではないでしょうか。「せっかく苦労して寝かしつけたのに、パパの帰宅で子どもが起きてしまった」という人や「子育てが一番大変なときに、パパが仕事で不在」というのもよくある話。育児に一生懸命なママであるほど、こういう苦労はつらいもの。夫婦関係にまで影響をおよぼすことも珍しくありませんよね。

ワーキングマザーをしていると、つくづくこれだけ「女性活躍」が叫ばれる中で、女性が仕事に加えて家事育児の責任をすべて持ったままなんて、スーパーウーマンでないと無理だと実感します。すでに私はもうキャパオーバーです……。今回の報道はとても残念でしたが、これからはぜひ社会での「女性活躍」ではなく、家庭での「男性活躍」を期待したいものです。

文・犬山柴子 編集・編集部